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哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001132人目の素数さん2006/11/09(木) 22:56:13
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1158185458/
0002132人目の素数さん2006/11/09(木) 23:04:01
2
0003132人目の素数さん2006/11/09(木) 23:08:34
哲学を理解できない馬鹿が、メコスジやマンスジに逃げる
0004132人目の素数さん2006/11/10(金) 13:16:06
逃げるが勝ち
0005132人目の素数さん2006/11/10(金) 13:43:17
攻撃こそ最大の防御なり!
0006132人目の素数さん2006/11/10(金) 16:53:54
すっぱいブドウ
0007KingOfUniverse ◆667la1PjK2 2006/11/10(金) 16:58:23
つまり、人の脳を読む能力を悪用する奴を潰せ。
0008132人目の素数さん2006/11/10(金) 22:43:10
>1よ、よかったなあ。>7でお待ちかねのきんぐが来たぜ。
0009KingOfUniverse ◆667la1PjK2 2006/11/11(土) 01:09:49
人の脳を読む能力を悪用する奴を潰せ。
0010132人目の素数さん2006/11/11(土) 01:19:00
数学と哲学
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1149065789/
0011132人目の素数さん 2006/11/11(土) 19:34:01
仲良く一緒にタルスキーとか読めばOKだお♪
0012132人目の素数さん2006/11/11(土) 19:36:38
>>1
数理哲学とか科学哲学とかやってる人って
大抵理系出身なわけだが。
0013132人目の素数さん2006/11/12(日) 22:30:22

数学なんて逃げ場所には ならないだろ

どうせなら (略
0014132人目の素数さん2006/11/13(月) 00:22:28
ああ
0015132人目の素数さん2006/11/13(月) 00:25:43
歴史を理解できないものが哲学に逃げる
0016132人目の素数さん2006/11/15(水) 11:22:11
数学を理解できずに哲学に逃げたやつなら何人か知っているが。
0017132人目の素数さん2006/11/15(水) 12:24:38
哲学や歴史なんてのは、イデオロギーに干渉されて弄ばれるのがオチ。
学問なんて代物じゃないよ。
0018132人目の素数さん2006/11/15(水) 12:39:00
>1
           i::::::::/'" ̄ ̄ヾi
           |:::::::| ,,,,,_  ,,,,,,| 
           |r-==( 。);( 。)   
           ( ヽ  :::__)..:: }
        ,____/ヽ  ー== ;  ほほう それでそれで?
     r'"ヽ   t、   \___ !
    / 、、i    ヽ__,,/
    / ヽノ  j ,   j |ヽ 
    |⌒`'、__ / /   /r  |
    {     ̄''ー-、,,_,ヘ^ |
    ゝ-,,,_____)--、j
    /  \__       /
    |      "'ー‐‐---''
0019132人目の素数さん2006/11/16(木) 09:20:24
『哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる』というけれど
実態は、数学や物理の計算とかに逃げ込むのじゃないかな。
数学や物理の高度の内容にアクセスするには哲学的思考は不可欠に
なってくるけど、これが駄目な人は地道な計算とかが数学・物理の
本道なんだと自分に言い聞かせてそこに逃げ込むような気がする。
0020KingOfUniverse ◆667la1PjK2 2006/11/16(木) 10:03:15
人の脳を読む能力を悪用する奴を潰せ。
0021132人目の素数さん2006/11/16(木) 12:26:59
まったく文系脳は呆れるほど馬鹿ばっかりですな
0022リアル国立工房2006/11/18(土) 07:54:49
文系の教科のテスト勉強は一夜づけです。
0023132人目の素数さん2006/11/18(土) 13:48:48
アキレスと亀のパラドックスを考えたゼノンは、ある仮定からありえそうもない
結論を導くことで、その仮定を否定するという論証で有名です。
アリストテレスもゼノンを賞賛しています。
これは、数学の背理法の淵源ですが、数学で使われる論理はすべて哲学者が
先にうみだしたものです。(現代のものは別とします)

また、ユークリッドは『原論』を著すさいに、アリストテレスの助言に従いました。
アリストテレスはきちんとした理論は、公理、定義をさだめ証明によって展開
されなければならないと述べていたからです。

また、数と量の区別を明確にせよ、とのアリストテレスの指示にしたがい
章をわけて数と量を論じています。.
平行線の公準についても、アリストテレスが平行線の議論にある不確実さを
指摘したため、設けられたとの説があります。
哲学と数学のかかわりはまだ無数にあるのですが、とりあえずこれだけ記します.
0024132人目の素数さん2006/11/18(土) 14:37:37
日本人が言うところの「哲学」とは、「西洋の思想家が考えたことを学ぶこと」なんだよね。
江戸時代の儒家が中国人思想家の書物を墨守・信奉したのと大差ないと思う。

哲学とは自分の目で見て自分の頭で考える行為だと思うが、
日本の自称「哲学者」は哲学者の対極に位置するような人が多いね。
0025132人目の素数さん2006/11/18(土) 14:42:24
哲学者のアドバイスでリーマン予想を解決できるなら
見直してやってもいい
0026132人目の素数さん2006/11/18(土) 16:15:20
>>7
しね
0027KingOfUniverse ◆667la1PjK2 2006/11/19(日) 06:18:12
talk:>>26 お前が先に死ね。
0028132人目の素数さん2006/11/19(日) 08:48:14

分数もできない哲学オタがコンプレックス放出場所ですか?
0029132人目の素数さん2006/11/19(日) 16:48:54
0030132人目の素数さん2006/11/19(日) 20:53:57
>>25
集合論の創始者カントルが、先駆者とあおぐボルツァーノは、アリストテレス
哲学を研究して、数学に新機軸をうみだしました。
現代数学ももとをただせば、そこからはじまったといえるのです。

述語論理のフレーゲにしても、半身は哲学者ですし、ゲーデルにしても不完全性
定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
ほかにもいくらでも、哲学が数学、および物理学におよぼした影響はあります。
0031132人目の素数さん2006/11/19(日) 22:18:07
>ボルツァーノは、アリストテレス
>哲学を研究して、数学に新機軸をうみだしました。
Bolzanoが証明した【 数 学 の 】定理は彼が証明しなくても
Weierstrassが証明していたものです。
彼が数学に新機軸をうみだしたなどという主張は誇張以外の何ものでもありません。
現代数学はBolzanoから始まったなどというのは悪い冗談としか思えません。
Cantorに対する影響もWeierstrassとDedekindのほうが遥かに大きいと考えるべきかと思います。

ちなみにDedekindやCantorの集合論にあった「哲学的」議論
(「私が空想しうるもの全ての集まり」が有限であったとしよう。然るに…」の類の議論で無限集合の存在を示すなど)
はGödelやNeumannの時代には既に全くと言ってよいほど【 排 除 】されています。
哲学性は少なくともCantorやBolzanoやGrassmannの数学に関して言えば、
単に発展を阻害し足を引っ張る要因だったと考えるのが数学史上の定説です。

>ゲーデルにしても不完全性定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
これ明らかにおかしいんですけど。
Gödelの集合論の業績はどうなるのですか!?

不完全性定理を示した後も選択公理がZFと無矛盾なことを示したり
弟子のCohenの論文を査読したりしてますが。これらの業績は無視ですか!?
集合論は哲学ですか!?

>>23
>また、ユークリッドは『原論』を著すさいに、アリストテレスの助言に従いました。
これの証拠となる文献はありますか?
「分析論前書」とか言わないで下さいよ。この本にはEucleidesが登場人物として
出てきたりはしません。この本には定義の必要性が説かれているから
Eucleidesも参考にしたんだろう、では単なる憶測、希望的観測に過ぎません。

>平行線の公準についても、アリストテレスが平行線の議論にある不確実さを
>指摘したため、設けられたとの説があります。
同上
0032132人目の素数さん2006/11/20(月) 15:47:24
細かい議論をしているひまはありませんが、すこし反論。
カントルがボルツァーノを先駆者としているのは、本人の言です。
無限に対する彼の考察と、ボルツァーノの定理が解析の展開点に
なっていることは間違いないのでは.。

ユークリッドの本が時間的に、アリストテレスよりあとで、しかも、他の
幾何学書がユークリッドの本によって駆逐されてしまったとすれば、アリストテレス
にしたがったことによる卓越性ゆえとかんがえるのが順当でしょう。
アカデメイアで数学の教師の1人だった時期があると見られているし、
そうでなくとも、アレキサンドリアには当然アリストテレスの本はきていた
でしょうから。それが推測、憶測というなら古代のはなしはすべて推測
憶測ということになってしまうでしょう。
またそう考えなくとも、まっとうな理論のあるべき姿について、アリストテレスが
ユークリッドよりさきに指摘していたという事実はたしかにあるわけです。
0033132人目の素数さん2006/11/21(火) 04:07:18
Gödelに関する主張は間違いと思って宜しいでね。

>カントルがボルツァーノを先駆者としているのは、本人の言です。
誰もそれが間違いだとは言っていません。
Bolzanoと同じくらい当時の解析学に貢献した数学者はいくらでも居て、
単にBolzanoはそのうちの一人だということです。

>まっとうな理論のあるべき姿
Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。
Eucleidesの本の理論展開のしかたは、あくまで彼(或いは彼ら)のオリジナルと見做すべきです。
0034ガロア理論勉強終えました ◆Cs3QPD0dJQ 2006/11/21(火) 13:03:48
ゲーデルは、なにをトリビアルとみるかのちがいです。

> Bolzanoと同じくらい当時の解析学に貢献した数学者はいくらでも居て
解析学に貢献したということではなく、現代的な数学への橋渡しになった
ということです。カントルやデデキンドもそうでしょうが。

> Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。
よく読めば、公理の必要性も証明の必要性もはっきり語っています。
ただし、訳語が公理という語をつかってないのでわかりづらいだけです。
0035132人目の素数さん2006/11/21(火) 13:21:07
およそ、どの学問分野でも基礎をたちあげるときには、哲学的思考がおおきな
比重をしめます。基礎がしあがれば、哲学的思考は影をひそめて、能天気な
輩が自由に活動できるのです。w

解析学はふたりの哲学者によって、創始されました。ひとりはライプニッツ、
もうひとりはニュートンです。
ニュートンを哲学者とすることに、違和感を感じる人もおられるかもしれませんが、
ニュートン自身、自分を"自然哲学者”としています。

ニュートンもまた、アリストテレスの申し子なのです。ニュートン力学の
世界観は、アリストテレス的であります。これはドルトンの原子論があらわれて
そのアリストテレス的世界像に風穴があけられるまでほぼ唯一の世界像の位置を
しめます。

実際、ニュートンは解析学(微分積分学)を創始していく過程で、アリストテレス
の議論との齟齬になやみつづけます。無限小の概念についてです。

のちに主著をあらわすとき、ニュートンは自身が開拓した、解析学をすて、
古典的な幾何による証明に帰っていきますが、それもアリストテレスの議論に
影響をうけたからと考えられます。

ちなみにドルトンの原子論にしても、古代ギリシャの哲学者デモクリトスの説を
採用したものであることはよく知られています。
0036132人目の素数さん2006/11/21(火) 13:33:50
名前出てますよ。

>ゲーデルは、なにをトリビアルとみるかのちがいです。
意味不明です。G¨odelの結果もCohenの査読も
その他の集合論の論文もトリビアルだったと言いたいのですか?
連続体仮説の無矛盾性は全然自明でも何でもないと思うんですが。
それにG¨odelはACやCHにあわせて
「Lebesgue可測でないΔ1,2集合が存在すること」とかの
無矛盾性も示してますし、Dialectica論文とかも発表してますが、
全部ひっくるめて「トリビアル」ですか。だとしたらすごい数学的直観ですね。

>公理の必要性
じゃあ理論には公理が必要だと説いた当のAristotelesは
公理による記述スタイルを取らなかったと。そんな莫迦な話がありますか。
0037132人目の素数さん2006/11/21(火) 13:42:19
>どの学問分野でも基礎をたちあげるときには、哲学的思考がおおきな比重をしめます。
単にある科学の理論が定量的でない定性的な議論しか出来ないときは
哲学者にも議論に参加する余地があるが、
定量的な議論に入ると哲学者の出る幕は無い、ということかと思いますよ。

もっとも今の「哲学」と昔の「哲学」ではそもそも指す範囲がかなり違うのですが。
>ニュートン自身、自分を"自然哲学者”としています。
当時の科学者は職名としては皆そうでしょう。
今でも博士号はPh.D.(Philosophiae Doctor)なんて言いますが、
単に昔の名残で「哲学博士」という名前なだけで哲学をやっているわけじゃありません。

>解析学をすて、古典的な幾何による証明に帰っていきますが、
>それもアリストテレスの議論に影響をうけたからと考えられます。
あなたが勝手にそう信じるだけなら勝手ですが、
彼がプリンキピアの記述において微分積分を使わなかったのは、
そもそも微分積分が当時生まれたばかりの学問であって
力学の基礎付けに使えるほど十分厳密でもなければ明快でもなかったからです。
0038132人目の素数さん2006/11/22(水) 20:34:46
>>37
> 定量的な議論に入ると哲学者の出る幕は無い、ということかと思いますよ。
これは、かちんとくる言い方ですね。オルテガ・イ・ガセットは、「進んだ
技術はバカも使いようを可能にした」といってます。自然科学の研究者を
さして言ったものです。
また、他の哲学者は、定量的な議論を「とんち問題」と言っています。応用には
意味があっても、自然の理解に益することのないさまをさして言ったのでしょう。
この言い方だと、いろいろ反論がかえってきそうですが、言葉の限界で、やむを
えません。

ニュートンが力学を構築するさいそのもっとも重要な部分が、哲学的思考によって
占められていたということも言いました。
現在、ふたたび科学における哲学の重要性がクローズアップされてきています。
量子論は、哲学からまた学ばなければならなくなっています。この状況は
ニュートンが力学を構築したときの状況によく似通っているのではないでしょうか。

> 力学の基礎付けに使えるほど十分厳密でもなければ明快でもなかったからです。
それはどうでしょう。プリンキピアにおける幾何学的証明が、明快とはとても
いえません。また、微分積分が厳密でないと判断したのは、アリストテレスの議論
が影響したからであって、ほかに理由があるとはおもえません。
0039132人目の素数さん2006/11/22(水) 20:35:20
>>36
ゲーデルという1個人の人生において、なにがトリビアルであるかということです。
彼は、進路をかえたのです。そのことがもっとも重要だとおもうのです。

> 公理による記述スタイルを取らなかったと。そんな莫迦な話がありますか。
三段論法は公理論のスタイルをそのまま示したものです。
「人間は死すものである」
「ソクラテスは人間である」
「ゆえにソクラテスは死ぬ」

の最初の文が、公理です。
0040132人目の素数さん2006/11/23(木) 02:43:34
>>38
>基礎がしあがれば、哲学的思考は影をひそめて、能天気な
>輩が自由に活動できるのです。w
これも、かちんとくる言い方なのでどっちもどっちですよ。

>応用には意味があっても、自然の理解に益することのない
素粒子物理とか宇宙物理は自然の理解に益する事はない、ということですかね。
寧ろ応用には大して意味がなく自然の理解に益する事しかない、
といったほうが正しいんじゃないかと思いますが。

>量子論は、哲学からまた学ばなければならなくなっています。
なってないですよ。哲学者が勝手にそう思うのは勝手ですが物理学者はそう思ってません。

>それはどうでしょう。プリンキピアにおける幾何学的証明が、明快とはとても
>いえません。また、微分積分が厳密でないと判断したのは、アリストテレスの議論
>が影響したからであって、ほかに理由があるとはおもえません。
1687年当時、発見されてから高々25年くらいしか経ってない
微積分がどれほどあやふやなものだったかお分かりですか?
今の高校の数学教科書のように分かりやすく纏められては居ません。
微積分の発見当初というものは間違った事と正しい事が相半ばして
もうごちゃごちゃになってたはずなんですが。
0041132人目の素数さん2006/11/23(木) 03:19:06
>>39
「トリビアル」は進路を変えるって意味ではないです。
原義は詰まらない、下らない、ということで、数学では見るからに明白で
言葉を使って説明しても仕方が無い、というニュアンスで使います。
(実際は読者には全然そうでないことも多いのだけれど…)

単に個人的にGödelの後半生は下らないと思っているだけなら別に構いませんが、
あたかもそれが一般的な見方であるかのように書かれても困ります。
>ゲーデルにしても不完全性定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
とか仰ってるので、哲学は当たり前のことばかりぐだぐだ言ってる
下らない学問なんだ、という意味なのかもしれませんが…

Gödelはそもそも進路を変えては居ません。
研究対象を多少変えただけで、最初から最後まで論理学者です。
それにGödelの「哲学」としてよく引用されるのは数学の基礎に関するものでしょ?
不完全性定理以外のGödelの数学的(論理学的)業績をほとんと知らないで言ってませんか?
Gödelは不完全性定理だけの一発屋数学者じゃありません。
あなたが知らないからといって、Gödelのが何もしなかったということにはなりません。

>>39
その最初の文は全称肯定判断とか言う事が多いみたいですし
簡単に前提と言ってもいいでしょうが公理とは言いません。

それに私は「公理」の意味を聞いているのではありません。
そうではなくて、たとえば「二コマコス倫理学」や「形而上学」は公理的なスタイルで書かれているか?
「動物誌」だとか「霊魂論」だとか「天体論」だとか「気象論」に公理はあるのか?ということです。

三段論法を使って論理的に議論をする事と、
公理を立てて命題の依存関係をはっきりさせて理論を建てる事は全く別です。
似たようなことだと思って一緒くたにしてしまっているのではないですか。
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1122312030/487
でも言われている事ですが。
0042ガロア理論勉強終えました ◆Cs3QPD0dJQ 2006/11/23(木) 22:53:18
>>41
> 簡単に前提と言ってもいいでしょうが公理とは言いません。
”前提”とは、つごうのいい言い方です。公理の言い換えではありませんか。
「人間は死すものである」
というのは、帰納的判断ですが論証はできません。公理として置く以外
ないのです。

> それに私は「公理」の意味を聞いているのではありません。
そもそも、あなたはアリストテレスが公理について語ってないとおっしゃって
いたのではないのですか?
公理の使用例をはっきりしめすことは、よいことだとおもうのですが。

> 似たようなことだと思って一緒くたにしてしまっているのではないですか。
虚偽論でアリストテレスは循環論法はじめおおくの議論のあやまちについて
論じています。ユークリッドの『原論』から学べるものなど、とるに足らない
ものです。
”命題の依存関係をはっきりさせて”といわれますが、あたりまえのことでしょう。
アリストテレスいぜんの哲学者でも、そのくらいこころえていました。

> 「トリビアル」は進路を変えるって意味ではないです。
ゲーデルにとって、数学がトリビアルなものになったという意味です。
0043132人目の素数さん2006/11/23(木) 23:05:19
>>40
>哲学者が勝手にそう思うのは勝手ですが物理学者はそう思ってません。
デモクリトスの原子論によって、アリストテレス的世界像が崩壊したと
前に書きましたが、けっきょくそれが端緒となって量子論まで行き着くことになります。
離散的な世界観といったらよいでしょうか。
空間や時間をいったいどう解釈したらよいのか、こころある物理学者は
みな考えています。ひとつの世界観のなかにいて、そこで仕事をすることしか
考えない人にとってはどうでもよいことなのでしょうが。

> 微積分がどれほどあやふやなものだったかお分かりですか?
別に後世とくらべて、本質的におおきな変化があったとはおもえません。
> 微積分の発見当初というものは間違った事と正しい事が相半ばして
そんなにニュートンは無能だとお考えなのですか?
0044132人目の素数さん2006/11/23(木) 23:11:16
>アリストテレス的世界像が崩壊したと
これは訂正します。一部風穴があけられた程度で崩壊まではいっていません。
0045132人目の素数さん2006/11/24(金) 22:38:02
多少、補足します。
以下は、ある本の説明文にあったものです。
” 20世紀最大の物理学者アインシュタインは、自らを「形而上学者アインシュタイン」
と呼び、「物理学は一種の形而上学である」と書いている”

アインシュタインのように、世界観の変更をともなう理論を構築する場合
哲学を理解することなしには、それは不可能なのです。
アインシュタインは、哲学書で勉強をし、自身も哲学的考察をすることに
よって相対性理論を構築したのです。

ところで、「神はさいころ遊びをしない」という語は、量子論を批判する
アインシュタインの言葉として有名です。しかし、これは形而上学ではなく、
神学に属することです。この辺、注意が必要です。
0046132人目の素数さん2006/11/25(土) 06:42:12
>”前提”とは、つごうのいい言い方です。公理の言い換えではありませんか。
ただの三段論法の実例である
「人間は死すものである。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスは死ぬ」
を大げさに「AristotelesのSokrates理論」と言ったり
「Aristotelesの定理」とか言ってもいいならそうでしょうねw
それが正しい言葉の使い方だとは思いませんがw

私は、最初から
「Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。」
と言っています。公理の使用例を教えてくれなどとは言っていませんし
数学をやっていれば説明されないでも分かります。

>ユークリッドの『原論』から学べるものなど、とるに足らないものです。
一般的見解はそうではないですよ。個人的意見ならあなたの勝手ですが…
>アリストテレスいぜんの哲学者でも、そのくらいこころえていました。
「命題の依存関係をはっきりさせて」というのは、
ただはっきりと文章を記述するとかそういう意味ではなくて、
理論の拠って立つ根拠を公理の形ではっきりさせて、
公理が何故正しいかの論証を【諦める】ということです。
これをはじめたのはEuclidが最初です。Zenonの時代にそういう考えかたは見られません。

>ゲーデルにとって、数学がトリビアルなものになったという意味です。
なってませんが。

>別に後世とくらべて、本質的におおきな変化があったとはおもえません。
あなたの認識がおかしいだけです。Newtonの時代には
「収束」という概念はほとんどないし重要視されてもいません。
>そんなにニュートンは無能だとお考えなのですか?
それをNewtonが無能だからと考えてしまうあなたの考え方に驚きます。
構成のCauchyやDirichletやEulerでさえ間違った事を言っているというのに。
0047132人目の素数さん2006/11/25(土) 06:52:43
構成→後世

>アインシュタインは、哲学書で勉強をし、自身も哲学的考察をすることに
>よって相対性理論を構築したのです。
何かソースがあるんですか?
ただの思考実験を「哲学的考察」などと言われても困りますが…
形而上というのは「形がなく通常の事物や現象のような感覚的経験を超えた」
という意味ですから、近現代の物理学者がこういう言葉を使うのは全くおかしくありませんし、
そこから
>哲学を理解することなしには、それは不可能なのです。
のような主張は全然出てきません。

あなたの主張はソースのある客観的な事実と、
一般的な定説と、ただの個人的推測がごちゃごちゃになっていて辟易します。
個人的な考えや少数説をまるで世間一般的にそういわれているかのように書かれるので…
0048132人目の素数さん2006/11/25(土) 23:59:29
age
0049132人目の素数さん2006/11/26(日) 16:15:44
>デモクリトスの原子論によって、アリストテレス的世界像が崩壊したと
>前に書きましたが、けっきょくそれが端緒となって量子論まで行き着くことになります。
量子論の端緒はデモクリトスの原子論であったとw
黒体輻射だと考えるのが普通だけどw

ttp://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/%7Emaeno/qm2006/qm2.html
0050132人目の素数さん2006/11/27(月) 06:11:27
>>46
> ただの三段論法の実例である
?
これほど明瞭に公理の実際の使用法を明示した論証の例を、”ただの実例である”
とおっしゃるのでは、なにももうしあげられません。あなたの頭の構造が
理解不能です。

> 公理が何故正しいかの論証を【諦める】ということです。
それは、アリストテレスがくどいほど言っています。
帰納法によってえられた知識はそれ自体論証の対象にはなりえません。
演繹をすすめるためには、公理が必要なのです。
これは純粋に理論的な数学においても同様です。
議論の途中で、概念のいみが変わってしまう誤謬を避けるために定義もまた
必要なのです。しかも、同一律を強調しているのは途中で定義を勝手に
かえるなという意味なのです。

> 「収束」という概念はほとんどないし重要視されてもいません。
それがどうかしましたか?ニュートンの微積分の内容は後の時代と
何も変わっていないでしょう。のちになって、解析学の算術化という動きは
ありますが、本質的には解析学はなにも変わっていないのです。

> それをNewtonが無能だからと考えてしまうあなたの考え方に驚きます。
”正しいことと間違ったことが合い半ばしている”と書いてあれば、そう書いた
人がニュートンを無能とおもっているとしか考えられないでしょう。

> 後世のCauchyやDirichletやEulerでさえ間違った事を言っているというのに。
いつだって、間違いはあるでしょう。これは数学のいやすべての学問の宿命です。
しかし、ニュートン自体はべつにまちがってはいないです。すくなくとも、
” もうごちゃごちゃになってたはずなんですが”というようなことはなかった
です。
0051132人目の素数さん2006/11/27(月) 06:15:56
>>49
> 黒体輻射だと考えるのが普通だけどw
プランクが黒体の輻射から、エネルギー量子の考えをみちびくためには、原子論
の思想が前提になっていなくてはならないのです。離散的な世界観がまったくない
状態では、プランクもあの発想にはいたらなかったでしょう。

>>47
> 形而上というのは「形がなく通常の事物や現象のような感覚的経験を超えた」
>という意味ですから、近現代の物理学者がこういう言葉を使うのは全くおかしくありませんし、
こんなばかげた論法を聞いたことがありません。アインシュタインは
「物理学は、形がなく通常の事物や現象のような感覚的経験を超えた」という意味で
語ったというのですか? 形而上学とは、確立した意味をもっているのです。
語の勝手な使用は特別に断らない限りできません。
(こんなことは小学生も知っています)

> 個人的な考えや少数説をまるで世間一般的にそういわれているかのように書かれるので…
常識はずれのことを言っているのはあなたのほうです。
0052132人目の素数さん2006/11/27(月) 08:32:04
>>50
>これほど明瞭に公理の実際の使用法を明示した
公理の使用法ではありません。三段論法の使用法です。
AならばB、BならばC、よってAならばCというだけではAを公理とは呼びません。
あなたが論理学をよく勉強してください。
Aristotelesを好意的に解釈するのは構いませんが、あなたの主張は少しばかり無理があります。

>それは、アリストテレスがくどいほど言っています。
定義と公理は全然違います。定義の重要性なら恐らくくどいほど言っているんだと思いますが
公理の重要性は述べていないはずです。
定義を行っただけでは理論が重大な矛盾を引き起こしたりしないでしょ?
well-definedでないような無茶苦茶な定義でもしない限り。

>それがどうかしましたか?ニュートンの微積分の内容は後の時代と
>何も変わっていないでしょう。
「それ」は即ち微積分が基礎付けられ、一握りの天才でなくとも理解できるように整備された、
ということですが。まさかNewtonの時代からx^2の微分は2x、積分はx^3/3だから内容は変わってない、
とかいうつもりですかね…

>”正しいことと間違ったことが合い半ばしている”と書いてあれば、そう書いた
>人がニュートンを無能とおもっているとしか考えられないでしょう。
集合論の創始したCantorはかなり間違った主張もしています。
一時期は現在では証明は出来ないと分かっている連続体仮説を、
証明できたと考えていた時期もあったようです。
それではあなたはCantorは無能だとしか考えられないのですか。

>常識はずれのことを言っているのはあなたのほうです。
じゃあ
>ユークリッドは『原論』を著すさいに、アリストテレスの助言に従いました。
>ゲーデルにとって、数学がトリビアルなものになった
これがはっきり書いてある文献と、その内容が書いてある書いてあるページ数を教えて下さい。
前スレで「ネットで簡単に調べられる」とか言っていたのだから簡単でしょう。
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