哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる
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0001132人目の素数さん
2006/11/09(木) 22:56:130002132人目の素数さん
2006/11/09(木) 23:04:010003132人目の素数さん
2006/11/09(木) 23:08:340004132人目の素数さん
2006/11/10(金) 13:16:060005132人目の素数さん
2006/11/10(金) 13:43:170006132人目の素数さん
2006/11/10(金) 16:53:540007KingOfUniverse ◆667la1PjK2
2006/11/10(金) 16:58:230008132人目の素数さん
2006/11/10(金) 22:43:100009KingOfUniverse ◆667la1PjK2
2006/11/11(土) 01:09:490010132人目の素数さん
2006/11/11(土) 01:19:00http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1149065789/
0011132人目の素数さん
2006/11/11(土) 19:34:010012132人目の素数さん
2006/11/11(土) 19:36:38数理哲学とか科学哲学とかやってる人って
大抵理系出身なわけだが。
0013132人目の素数さん
2006/11/12(日) 22:30:22数学なんて逃げ場所には ならないだろ
どうせなら (略
0014132人目の素数さん
2006/11/13(月) 00:22:280015132人目の素数さん
2006/11/13(月) 00:25:430016132人目の素数さん
2006/11/15(水) 11:22:110017132人目の素数さん
2006/11/15(水) 12:24:38学問なんて代物じゃないよ。
0018132人目の素数さん
2006/11/15(水) 12:39:00i::::::::/'" ̄ ̄ヾi
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|r-==( 。);( 。)
( ヽ :::__)..:: }
,____/ヽ ー== ; ほほう それでそれで?
r'"ヽ t、 \___ !
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/ ヽノ j , j |ヽ
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ゝ-,,,_____)--、j
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0019132人目の素数さん
2006/11/16(木) 09:20:24実態は、数学や物理の計算とかに逃げ込むのじゃないかな。
数学や物理の高度の内容にアクセスするには哲学的思考は不可欠に
なってくるけど、これが駄目な人は地道な計算とかが数学・物理の
本道なんだと自分に言い聞かせてそこに逃げ込むような気がする。
0020KingOfUniverse ◆667la1PjK2
2006/11/16(木) 10:03:150021132人目の素数さん
2006/11/16(木) 12:26:590022リアル国立工房
2006/11/18(土) 07:54:490023132人目の素数さん
2006/11/18(土) 13:48:48結論を導くことで、その仮定を否定するという論証で有名です。
アリストテレスもゼノンを賞賛しています。
これは、数学の背理法の淵源ですが、数学で使われる論理はすべて哲学者が
先にうみだしたものです。(現代のものは別とします)
また、ユークリッドは『原論』を著すさいに、アリストテレスの助言に従いました。
アリストテレスはきちんとした理論は、公理、定義をさだめ証明によって展開
されなければならないと述べていたからです。
また、数と量の区別を明確にせよ、とのアリストテレスの指示にしたがい
章をわけて数と量を論じています。.
平行線の公準についても、アリストテレスが平行線の議論にある不確実さを
指摘したため、設けられたとの説があります。
哲学と数学のかかわりはまだ無数にあるのですが、とりあえずこれだけ記します.
0024132人目の素数さん
2006/11/18(土) 14:37:37江戸時代の儒家が中国人思想家の書物を墨守・信奉したのと大差ないと思う。
哲学とは自分の目で見て自分の頭で考える行為だと思うが、
日本の自称「哲学者」は哲学者の対極に位置するような人が多いね。
0025132人目の素数さん
2006/11/18(土) 14:42:24見直してやってもいい
0026132人目の素数さん
2006/11/18(土) 16:15:20しね
0027KingOfUniverse ◆667la1PjK2
2006/11/19(日) 06:18:120028132人目の素数さん
2006/11/19(日) 08:48:14分数もできない哲学オタがコンプレックス放出場所ですか?
0029132人目の素数さん
2006/11/19(日) 16:48:540030132人目の素数さん
2006/11/19(日) 20:53:57集合論の創始者カントルが、先駆者とあおぐボルツァーノは、アリストテレス
哲学を研究して、数学に新機軸をうみだしました。
現代数学ももとをただせば、そこからはじまったといえるのです。
述語論理のフレーゲにしても、半身は哲学者ですし、ゲーデルにしても不完全性
定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
ほかにもいくらでも、哲学が数学、および物理学におよぼした影響はあります。
0031132人目の素数さん
2006/11/19(日) 22:18:07>哲学を研究して、数学に新機軸をうみだしました。
Bolzanoが証明した【 数 学 の 】定理は彼が証明しなくても
Weierstrassが証明していたものです。
彼が数学に新機軸をうみだしたなどという主張は誇張以外の何ものでもありません。
現代数学はBolzanoから始まったなどというのは悪い冗談としか思えません。
Cantorに対する影響もWeierstrassとDedekindのほうが遥かに大きいと考えるべきかと思います。
ちなみにDedekindやCantorの集合論にあった「哲学的」議論
(「私が空想しうるもの全ての集まり」が有限であったとしよう。然るに…」の類の議論で無限集合の存在を示すなど)
はGödelやNeumannの時代には既に全くと言ってよいほど【 排 除 】されています。
哲学性は少なくともCantorやBolzanoやGrassmannの数学に関して言えば、
単に発展を阻害し足を引っ張る要因だったと考えるのが数学史上の定説です。
>ゲーデルにしても不完全性定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
これ明らかにおかしいんですけど。
Gödelの集合論の業績はどうなるのですか!?
不完全性定理を示した後も選択公理がZFと無矛盾なことを示したり
弟子のCohenの論文を査読したりしてますが。これらの業績は無視ですか!?
集合論は哲学ですか!?
>>23
>また、ユークリッドは『原論』を著すさいに、アリストテレスの助言に従いました。
これの証拠となる文献はありますか?
「分析論前書」とか言わないで下さいよ。この本にはEucleidesが登場人物として
出てきたりはしません。この本には定義の必要性が説かれているから
Eucleidesも参考にしたんだろう、では単なる憶測、希望的観測に過ぎません。
>平行線の公準についても、アリストテレスが平行線の議論にある不確実さを
>指摘したため、設けられたとの説があります。
同上
0032132人目の素数さん
2006/11/20(月) 15:47:24カントルがボルツァーノを先駆者としているのは、本人の言です。
無限に対する彼の考察と、ボルツァーノの定理が解析の展開点に
なっていることは間違いないのでは.。
ユークリッドの本が時間的に、アリストテレスよりあとで、しかも、他の
幾何学書がユークリッドの本によって駆逐されてしまったとすれば、アリストテレス
にしたがったことによる卓越性ゆえとかんがえるのが順当でしょう。
アカデメイアで数学の教師の1人だった時期があると見られているし、
そうでなくとも、アレキサンドリアには当然アリストテレスの本はきていた
でしょうから。それが推測、憶測というなら古代のはなしはすべて推測
憶測ということになってしまうでしょう。
またそう考えなくとも、まっとうな理論のあるべき姿について、アリストテレスが
ユークリッドよりさきに指摘していたという事実はたしかにあるわけです。
0033132人目の素数さん
2006/11/21(火) 04:07:18>カントルがボルツァーノを先駆者としているのは、本人の言です。
誰もそれが間違いだとは言っていません。
Bolzanoと同じくらい当時の解析学に貢献した数学者はいくらでも居て、
単にBolzanoはそのうちの一人だということです。
>まっとうな理論のあるべき姿
Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。
Eucleidesの本の理論展開のしかたは、あくまで彼(或いは彼ら)のオリジナルと見做すべきです。
0034ガロア理論勉強終えました ◆Cs3QPD0dJQ
2006/11/21(火) 13:03:48> Bolzanoと同じくらい当時の解析学に貢献した数学者はいくらでも居て
解析学に貢献したということではなく、現代的な数学への橋渡しになった
ということです。カントルやデデキンドもそうでしょうが。
> Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。
よく読めば、公理の必要性も証明の必要性もはっきり語っています。
ただし、訳語が公理という語をつかってないのでわかりづらいだけです。
0035132人目の素数さん
2006/11/21(火) 13:21:07比重をしめます。基礎がしあがれば、哲学的思考は影をひそめて、能天気な
輩が自由に活動できるのです。w
解析学はふたりの哲学者によって、創始されました。ひとりはライプニッツ、
もうひとりはニュートンです。
ニュートンを哲学者とすることに、違和感を感じる人もおられるかもしれませんが、
ニュートン自身、自分を"自然哲学者”としています。
ニュートンもまた、アリストテレスの申し子なのです。ニュートン力学の
世界観は、アリストテレス的であります。これはドルトンの原子論があらわれて
そのアリストテレス的世界像に風穴があけられるまでほぼ唯一の世界像の位置を
しめます。
実際、ニュートンは解析学(微分積分学)を創始していく過程で、アリストテレス
の議論との齟齬になやみつづけます。無限小の概念についてです。
のちに主著をあらわすとき、ニュートンは自身が開拓した、解析学をすて、
古典的な幾何による証明に帰っていきますが、それもアリストテレスの議論に
影響をうけたからと考えられます。
ちなみにドルトンの原子論にしても、古代ギリシャの哲学者デモクリトスの説を
採用したものであることはよく知られています。
0036132人目の素数さん
2006/11/21(火) 13:33:50>ゲーデルは、なにをトリビアルとみるかのちがいです。
意味不明です。G¨odelの結果もCohenの査読も
その他の集合論の論文もトリビアルだったと言いたいのですか?
連続体仮説の無矛盾性は全然自明でも何でもないと思うんですが。
それにG¨odelはACやCHにあわせて
「Lebesgue可測でないΔ1,2集合が存在すること」とかの
無矛盾性も示してますし、Dialectica論文とかも発表してますが、
全部ひっくるめて「トリビアル」ですか。だとしたらすごい数学的直観ですね。
>公理の必要性
じゃあ理論には公理が必要だと説いた当のAristotelesは
公理による記述スタイルを取らなかったと。そんな莫迦な話がありますか。
0037132人目の素数さん
2006/11/21(火) 13:42:19単にある科学の理論が定量的でない定性的な議論しか出来ないときは
哲学者にも議論に参加する余地があるが、
定量的な議論に入ると哲学者の出る幕は無い、ということかと思いますよ。
もっとも今の「哲学」と昔の「哲学」ではそもそも指す範囲がかなり違うのですが。
>ニュートン自身、自分を"自然哲学者”としています。
当時の科学者は職名としては皆そうでしょう。
今でも博士号はPh.D.(Philosophiae Doctor)なんて言いますが、
単に昔の名残で「哲学博士」という名前なだけで哲学をやっているわけじゃありません。
>解析学をすて、古典的な幾何による証明に帰っていきますが、
>それもアリストテレスの議論に影響をうけたからと考えられます。
あなたが勝手にそう信じるだけなら勝手ですが、
彼がプリンキピアの記述において微分積分を使わなかったのは、
そもそも微分積分が当時生まれたばかりの学問であって
力学の基礎付けに使えるほど十分厳密でもなければ明快でもなかったからです。
0038132人目の素数さん
2006/11/22(水) 20:34:46> 定量的な議論に入ると哲学者の出る幕は無い、ということかと思いますよ。
これは、かちんとくる言い方ですね。オルテガ・イ・ガセットは、「進んだ
技術はバカも使いようを可能にした」といってます。自然科学の研究者を
さして言ったものです。
また、他の哲学者は、定量的な議論を「とんち問題」と言っています。応用には
意味があっても、自然の理解に益することのないさまをさして言ったのでしょう。
この言い方だと、いろいろ反論がかえってきそうですが、言葉の限界で、やむを
えません。
ニュートンが力学を構築するさいそのもっとも重要な部分が、哲学的思考によって
占められていたということも言いました。
現在、ふたたび科学における哲学の重要性がクローズアップされてきています。
量子論は、哲学からまた学ばなければならなくなっています。この状況は
ニュートンが力学を構築したときの状況によく似通っているのではないでしょうか。
> 力学の基礎付けに使えるほど十分厳密でもなければ明快でもなかったからです。
それはどうでしょう。プリンキピアにおける幾何学的証明が、明快とはとても
いえません。また、微分積分が厳密でないと判断したのは、アリストテレスの議論
が影響したからであって、ほかに理由があるとはおもえません。
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