224の後半が、本質を突いていると思う。

掛け算を、(1あたりの量) と (いくつぶん) で
理解するのは、定義でも本質でもないにせよ、
当初、自然数しか扱わない乗法の説明としては
的外れとは言えない。

問題は、答案に 3×5 と書くことが
3 を (1あたりの量)、5 を (いくつぶん) と
見なしたことの表明になる という
算数教育のギミックが、荒唐無稽だということだ。

算数では、何を考えて何を計算したか の説明を
生徒にさせない。ちょっと凝った問題だと、
答案を見て、解法が正しいか否かを読み取るのは
至難というか、修行としか言いようがない。

解法を記述させるのは、中学数学以降になるが、
それなら、式は見ずに、3×5 でも 5×3 でも
答えが 15 なら○にするのが筋だ。

そうではなくて、考えかたを書かせて採点する
というのであれば、書かせる「考えかた」は、
3×5 とかの、意味不明な計算の切れ端ではなく、
何と何を掛けるのか の理由でなくてはならない。

どちらにするのか、方針をきちんと選ばなくては。
3×5 が、算数教師と「素直な」生徒にだけ
特別な意味を持つ式で、算数そのものや数学や
自分で問題の状況を考える生徒とは無縁のもの
であることが、問題。