哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる
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0001132人目の素数さん
2006/11/09(木) 22:56:1308771ではない。哲学者でもない。
2006/12/31(日) 19:53:08> 文keiも結局数学・物理学者は哲学者より上だと考えているようだ
> 哲学者も数学に貢献したから偉い、ということは数学のほうが哲学より価値がある
>を意味するように思える。
どっからそんな結論がでてくるのか?あきれてものもいえません。
>>872
> 不備があるというのは具体的に何のこと?
もともとこの議論は、無限小、極限、極限の発展形としてのεーδ論法などの問題点とかを
指摘するのが目的ではありません。後代のものほど便利だったり不備な点が改良されている
のはあたりまえのことです。そうではなくて837へのレスで書いたような点について議論
したいとおもったのです。ですが、もう飽きましたが。
>>873
> だいたい、あんたのレスを読んでも無限小の定義は書いてない、と言ったら
>有限な値ではない、0でもない、それで十分な理解なんだ、と言ったんだろ?
>ここで無限小の歴史を1から勉強しろ、そうすれば無限小の意味が分かる、
>とかそんな莫迦なレスがあるか。
ただ納得できなかったのでしょう。だから、そうしたら歴史をふりかえって納得するいがい
ないとおもいますが。ニュートンとかライプニッツが使ったのでなかったら無限小は
世間にうけいれられなかったでしょう。アルキメデスにしても無限小をつかって求積を
おこなっても証明は古典的な方法でやらざるをえなかったのです。
>>874
> 無限小方式とか変な用語使うのはいい加減やめてくれよ。
そういうなら、自分でなにか提案しなくては。長すぎる言い回しはだめですよ。
> 物理と違ってめったに無いけどね。
よく断言できますね。物理と数学の経験が相当おありなんですか?
> 別に哲学者の見解から選ぶわけじゃなくて、
>各学問の基本的立場、考え方のことを「哲学的」と読んでいるだけでしょ?
それは知らないだけ。
> Fourierは函数はすべて展開可能な函数しかないと本当に思っていたから
証明がない以上、フーリエだって確信はないでしょう。そういう仮説を提示したというこ
0878132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:17:540879132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:23:54> そのうえ独習を考慮した本がほとんどない。
あなたがどう思おうともあなたの自由ですが、数学書は独習用に書かれてますし、
現に殆どの学生は教科書を自分で読んで勉強しています。
あなたが数学の教科書を読んで理解できないのなら同情しますが、
それはあなた個人の問題ですので自己解決してください。
#学業が進まないのを環境や教官や教科書の所為に仕出したら、
#その時点で成長はストップしますね。
0880132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:29:08↓このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
0881132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:32:56哲学制覇しろよー。
0882132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:33:350883132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:34:300884132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:38:49∞=0なんて言っているから数学が出来ないんだな。
0885132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:40:11↓このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
0886132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:45:09ゼロは無ですか?ゼロが量として認められない?
ゼロがなぜ無なのか示してください。861 の図は意味不明です。
0887132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:47:170888132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:52:27では負の数 -1 は量としてはどういう風に解釈するのですか?
0889132人目の素数さん
2006/12/31(日) 20:54:040890132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:00:01無限大は量でない
ゆえに 0=∞ である
>>861 量でないものは等しいのか?
0891132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:09:48∞が距離として扱えないことは、だれもが同意できるでしょうが
0を距離として認めないのは、ほとんどだれも同意しないでしょう。
0892132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:14:530は無いことを示すとしても、無限大は確定できないことを示している。
0は数だが、無限大は数でない。
0には量を定義することが出来るが、無限大には量を定義できない。
0893132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:30:11そのような立場の数学もあり得るでしょうが、そうでない立場の数学もあり得ます。
わたしは後者の立場です。たぶんお互いに平行線でしょう。
0894132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:35:36超準解析じゃアカンの?
0895132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:36:560896132人目の素数さん
2006/12/31(日) 21:43:23無限大が量かどうかは立場の問題でしょう。
0897十二使鳥
2006/12/31(日) 21:51:38>0は量でないということと、無限大は量でないことは違うと考えられる。
無限大を定義すれば、「基準点のみで決定点がないもの」これではダメか?
>無限大は確定できないことを示している。
つまり、∞=確定不可 とすれば満足なのか?
>0は数だが、無限大は数でない。
そうかもしれんな。でも=と言うのは数ではなく、やはり量に限定すると
思うぞ。例えば5=2/10。量は同じとは言うが、数は同じとは言わないだろ?
ま、0=∞というのは釣りの餌だ。つまり、インパクトをつけただけだな。
それはどうでもいい話だ。
本題は、【量というものは空間と2点により決まる】ということを>>860-862
では押さえておいてくれ。
0898132人目の素数さん
2006/12/31(日) 22:11:26>それはどうでもいい話だ。
あちゃ〜 何じゃそりゃ?
自説の主張すっときにテキトーなこといわんほうがエエぞー!
0899十二使鳥
2006/12/31(日) 22:18:19目に見えないものを扱うのはどちらかというと俺の得意分野だけどなぁ。
>>895
十二使鳥=Got と思った方がいいぞ。
>>898
俺だけはテキトーなこと言ってもいいことになっている。と思っていた。
0900132人目の素数さん
2006/12/31(日) 22:18:500901132人目の素数さん
2006/12/31(日) 22:39:39十二使鳥とkingは同一視できるな。
0902132人目の素数さん
2006/12/31(日) 22:41:560903132人目の素数さん
2006/12/31(日) 22:54:04計算とか測量とかで数字を機械的に扱っている時以外は
数学者でも物理学者でもそれぞれが哲学を持っているでしょう。
哲学=自分の立場 だと思います。
0905132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:09:05>>1 の主張は
「(ごく一部の・特別な・専門的な)哲学」を理解できない馬鹿が
ということであり、一般的な意味での哲学を指していないと思われます。
哲学の難しい部分を理解できないからバカだという主張はほとんど誰も受け入れないでしょう。
難解な哲学だけが哲学ではありません。
0906十二使鳥
2006/12/31(日) 23:17:23俺に言わせりゃ、難解とかという問題じゃなくて、俗に言う、俗に学んでる
哲学は哲学じゃないけどな。それらしいものであって、要するに偽物だ。
0907132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:20:52また、本物の哲学とはどういうものですか?
0908132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:23:17なお真理は胸の中に
人に伝わらず
一人自分の境地に彷徨う
わが身から発する魂は
演戯と共感によって伝えるのみ
0909132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:27:450910十二使鳥
2006/12/31(日) 23:30:06哲学の捉え方にもよるが、哲学を根本原理の追求。とすると、
ほとんどがダメだ。ということ。
0911132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:36:12↓このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
0912132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:38:09根本原理を追求することが哲学である、と。
それを十二使鳥さんの立場として認めることにやぶさかではありません。
数学者でも物理学者でも、根本原理を追求しているならば、
彼らは同時に哲学者でもあると言っていいですね?
0913十二使鳥
2006/12/31(日) 23:48:25哲学の捉え方にもよるから、別に哲学者であるといってもいいけど、
追求中では、およそ追及済、には及ぶものではないよ。
0914132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:53:49とりあえずは数学者も物理学者も(少しだけ)哲学者の中に入れてもらえるようですね。
ありがとうございました。良いお年を。
0915十二使鳥
2006/12/31(日) 23:55:41もうすぐだな。来年は。
そんじゃまた。
0916132人目の素数さん
2006/12/31(日) 23:55:43↓このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
0917132人目の素数さん
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0918十二使鳥
2007/01/01(月) 10:23:04小物のボーア君も東洋哲学をしてたそうで・・・・・老子を引用します。
★老子 第40章 (中国の古典2 麦谷邦夫訳 学習研究社)
根源に立ち返るのが道の動きで:、柔弱なのが道の働きだ。
この世界の万物は有から生じるが、その【有は無から生じる】のだ。
よく問題にされる[有は無から生じる]を解りやすく現しているのが交流発
電機で、磁石【SN、NS】をくるくる回すだけでコイルに電子が発生します。
磁気というものには実体といえるものはありません。その実体のない磁気
【無】が実像的な電子【有】を生み出します。ビックバン説などのように何も
ないところから物体が生まれるというのとは違います・・・の訳がない。
重力にしても熱気にしても同様でこの実体のないものの働きにより実像的
な現象を生み出すのです。
軽軽熱熱S S (波動の正体)
↑↓↑↓↑↓
重重冷冷N N
0919十二使鳥
2007/01/01(月) 10:24:12道が一気【↑】を生じ、一気が陰陽二気【↑↓】を生じ、
陰陽二気が交わって陰陽冲和の三気【=】が万物を生み出す。
万物は陰気を背負い陽気を抱き、冲和の気によって調和を保っているのだ。
一気というのは【一つの方向性、時間(生命)】のことでですが時間には実
体はありません。その実体のない時間が実像的な【運動】を起こします。
一気を宿したものはやがて陰陽二気、つまり実体のない二つのベクトルを
生み出します。つまり物理的には【陰気を有した雌】と【陽気を有した雄】
との間で【融合と分裂】という【変化】を起こします。変化は全体に対する個
というものを決定づけるものであり、それは全体の時間(ひとつの時間)に
対して固有の時間というものを決定付けるものでもあります。
重くなれば(↓)大地に融合され、軽くなれば(↑)大地から分裂し、冷たくな
れば(気体→液体→固体)融合され、熱くなれば(固体→液体→気体)分裂。
0920十二使鳥
2007/01/01(月) 10:25:34ますが、磁気でも↑↓で融合と分裂が本当に起こるのでしょうか?
これは極微の世界で認識することができます。対消滅と対発生です。
二つのベクトルは、分裂する時、融合する時に、起こります。しかし分裂し
た後、融合した後、は【気の変動はなくなり冲和(=)】されます。
観測というのは観測対象となるものの磁気変動をとらえ、その磁気変動が
観測者側に実像を生み出すのです。よって磁気変動がなくては観測でき
ません。それがあたかも物体が真空に対消滅したり、真空から対発生して
見えるのですが、これはただの融合と分裂なのです。
何もないところから物体が発生したり、消滅するわけがない。
自然界に存在する4っつの力?熱はどうする?生命は?生命だって自然
界に存在するもの。物理学の統一理論はまるでダメ。未だ電磁と重力すら
まとめれない始末。つまり理がないからいつまでもまとめれないのである。
人も時間(魂)を宿し変化を成します。【この世は有と無からなる】のです。
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0921十二使鳥
2007/01/01(月) 10:42:42【一気は時間で運動】を起こす。としているが、イメージとしては、全体的な
視点の【ブラウン運動】もしくは、一点視点の細胞分裂をする前の【変形】
がいいだろう。運動というより【活動】と言ってもいいものである。
よく言う【相対的な運動】は一気の視点とは異なるもので、二気。
となるので注意。
>>918-920の物理学でいう統一理論。これが哲学で言う根本原理であり、
この宇宙の普遍の理、真理である。
09221ではない。哲学者でもない。
2007/01/01(月) 20:46:23> あなたがどう思おうともあなたの自由ですが、数学書は独習用に書かれてますし、
教科書の著者に聞いてみるとよくわかるとおもいますが、数学書のある部分は授業用
であるし、ある部分はその分野の研究成果の要覧(あるいはまとめ)と見られるし
そのどちらともいえない本もあります。
独習用であれば、やさしい問題が豊富になくてはならないし、解答も完全なものがついていて
ほしい。さらにセルフ・コンテインドであることも求められるでしょう。
そういう数学書がいっさいないとは言いませんが、非常にまれです。
> あなたが数学の教科書を読んで理解できないのなら同情しますが、
こういう勝手な空想はしないように、文系の方法論がありますから、いまだかって
本に重大な不備がないかぎり、理解できなかったということはありません。
0923132人目の素数さん
2007/01/02(火) 09:30:20> 教科書の著者に聞いてみる
大抵の著者は独習用に書いてるよ。教科書を書いてる複数の教官がそう言ってた。
> 独習用であれば、やさしい問題が豊富になくてはならないし、解答も完全なものがついていて
> ほしい。さらにセルフ・コンテインドであることも求められるでしょう。
それは君の願望に過ぎない。解答が欲しいなどという甘ったれた態度ではいかなる学問も修得
できない。君は>>876で洋書はわかりやすいと書いているけど、洋書の定評のある教科書は
大量の難解な演習問題を解答なしで載せていることが多いよ。
> こういう勝手な空想はしないように、文系の方法論がありますから、いまだかって
> 本に重大な不備がないかぎり、理解できなかったということはありません。
数学書を独習できている、ということですね。ならば、文句をいう必要もありませんね。
0924132人目の素数さん
2007/01/02(火) 09:57:00それなりに哲学的訓練を受けるからあまり酷い電波は飛ばさない。
最悪なのは、高校時代はパターン暗記のおかげで物理・数学が得意だったのに、
大学以降に全然分からなくなった奴だろう。「オレは頭がいい。お前ら全員、馬鹿」
という誇大な自己イメージを保つために、数学・物理・哲学のいずれの学問的訓練も
拒否し続ける。つまり馬鹿をこじらせる結果となる。
0925十二使鳥
2007/01/02(火) 11:04:15時(運動)は流れて変化(分裂、融合)を生じます。
質量。つまり重力ですが、これも電磁、光熱などと同様に【宇宙の変化
の一環】に他なりません。宇宙ではこの重力という実体の無いものの働
きにより分裂と融合が行なわれます。
【重力といのは対天体に働く二つのベクトル↓↑です】
現在物理学では重力には引力しかなく、反重力はないとされていますが
これは誤りです。
A水蒸気 B熱気球 Cロケット
a地球
一般にはABCの動きを反重力とはいいません。例えばBとCではまるで
別物の力の働きだとしてみてしまいますが・・・確かにその通りです。
しかし別物と認識するにはB対C、C対Bであり、対aつまり対地球的な視
点ではないのです。重力の考え方は対地球的でなければなりません。
0926十二使鳥
2007/01/02(火) 11:05:05るのは人位なものです。宇宙の原理を知るにはそのような認識は必要
ではありません。対地球的な視点に立てばロケットも単なる物体(個体・
有)でしかないのです。そしてその物体と地球の関係は二つのベクトルに
よって成り立つのです。
引力が発生するには必ずその反発力(反重力)が存在します。雨が降る
には水蒸気となって上がった過程があります。リンゴが落ちるのはリンゴ
の木が引力に逆らい成長し、地中の水分を吸い上げた結果なのです。
熱気球だから、ロケットだからといって地球との関係に特別な数式は必要
ないのです。現在の物理はこれらの考え方を無視していますが果たして
無視していいことなのでしょうか。物理では電磁と重力はまったく別物でま
るで統一できないというようなことを聞いたことがありますが・・・どちらもこ
の宇宙の変化の一環なのです。数値にしてもプラスとマイナス。マイナス
は【プラスの反】なのです。ニュートンは重力以前に力を理解していない。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
0927十二使鳥
2007/01/02(火) 11:06:37重力と反重力だが、厳密に言えば下降が重力で上昇が反重力と
言うことではない。
重力と反重力には同時性があり、下降の際も反重力が働いているのである。
このことは作用、反作用と同じことである。
下降、上昇という実像的現象自体は、実体のない重力、反重力を探るもの。
ということである。
0928132人目の素数さん
2007/01/02(火) 16:38:44>でてきます。
大学になると、講義が分からない人なんて数学に限らず
何の学問だって出てきますけど。家で教科書も読まず勉強を十分にせず、
当然の結果として理解できない人ならともかく、
毎日3時間とか4時間とか勉強しても理解できない人はあまり居ないと思いますよ。
>ただ納得できなかったのでしょう。だから、そうしたら歴史をふりかえって納得するいがい
>ないとおもいますが。
(少なくとも現代では)解析学では普通「有限の値」というのは
「有界な値」という意味で使います。
絶対値が無限に小さい、なんて言い方はしません。
だから無限小は「有限」ではないのではないか?と聞いたわけです。
多分あなたと私で「有限」という言葉の使い方が違うだけです。
納得出来るか出来ないかという問題ではないと思います。
尤もあなたが無限小は有界な値ではない(つまり無限小εがあったとき、
任意の実数rに対してr<εであるということ)とか主張しているなら話は別ですけど。
0929132人目の素数さん
2007/01/02(火) 16:41:21分野によります。Galois理論とかは独習書が豊富でしょ。
一般人にも人気があって、本が売れるから。
それに微分積分とか線型代数とかは、独習用の厚い教科書は多いが
講義に使える薄い良い教科書は少ないと数学者が書いてるの見たことあるよ。
>独習用であれば、やさしい問題が豊富になくてはならないし、解答も完全なものがついていて
>ほしい。さらにセルフ・コンテインドであることも求められるでしょう。
可環環論とか代数解析みたいな専門家しか読まないような分野もですか?
case by caseでは?
完全な解答がついていて「欲しい」という願望は理解できますけど。
self-containedとは言っても程度問題で、
少なくとも九九とか一次方程式の解き方から解説するわけにはいきません。
例えばKolmogorov-Fominみたいなのは十分self-containedといって良いでしょうね。
0930132人目の素数さん
2007/01/02(火) 18:08:44多少難しい本でも分からないことが書いてあっても、自力でフォローするのが当たり前
それができないやつが、なんのために数学書を読むんだ
0931132人目の素数さん
2007/01/02(火) 19:54:54僕も哲学書読んでみたけど全く意味がわからないフィーリングみたいな記述ばっかり。
特にカントからフッサールにかけて。例えばカントの「純粋理性批判」。
我々の認識可能な世界の内部が「内在」で、そうでない部分が「超越」。
この超越に関する認識(神や霊魂がどうとか)が「超越的」、
超越への認識が「アプリオリ」(自明)に可能だという認識、
つまり「超越的」なものへの認識が「超越論的」という形容詞でしょう?
「神はいる」「でもあなたのその認識は伝聞でしょ、少なくとも神がいるという伝聞はある」、こういうのが超越論的な議論。
カントは真理がどうかなんて語るつもりはない、どこまでが確実(内在)かを語る、それが「超越論的哲学」。
とにかく目の前にある信号は三色に分かれていてそれは誰が見ても(色盲でもなければ)違う三色。
これは「現象」としては確実だから内在、でもその中の青色と呼ばれているものは本当に誰にとっても
同じものに見えているのか不明(近所のおっさんは自分が赤と呼ぶものを青と呼んでいるかもね)、
だから本当の青色なんてとりあえず分からないので超越、とりわけ「現象」に対して「物自体」と呼んでおく。
我々はまず対象を直観によって認識する、この機能を感性と呼ぶ。
感性は初めからからある存在のようなものではなく、対象があって初めて働く機能のようなもの。
感性は純粋直観というひとつの機能があり、これは物体を認識するために時間と空間を機能させる。
つまり時間と空間の中に物体があるんではなく、物体を認識するために時間と空間を用いるんだね。
実際そこらへんの写真を見てみれば分かる、平面なのに立体的な空間的な認識を我々はするよね。
だからフィッシャーの絵画にぼくらは混乱させられる。「遠近法」もその機能の手助けだ。
0932132人目の素数さん
2007/01/02(火) 20:13:530933931
2007/01/02(火) 22:05:19色々な物体を認識しているのが全て同じ「私」であると確信できるのはなぜだろうか。
それは「統覚」という機能による。パッ!と何かが目の前を瞬間的に通り過ぎたとき、
黒っぽい、白っぽい、丸っこい、光っているなどのはっきりと何とは言い切れない情報が断片的に入ってくる、
これらの諸情報は「多様」と呼ばれ、「統覚」によって総合されてひとつの物体として直観される、
と同時に物体を直観できたことでそれらの諸情報を得たのが同一の「私」であると認識される、
これがデカルトの「われ思うゆえにわれあり」に近い考え方。(最近の心理学曰く完全に間違っているそうだが)
まぁ、とにかく時間や空間なしで物体を想像できないという事が、時間や空間が我々が物体を認識するのに
必要となる機能でしかないことの最大の証左となるそうだ。
で、以上のように「感性」によって物体が認識される、しかしそれはまだ意味のない映像のようなものだ。
「感性」によって得られた情報は「悟性」へと進む。
ここで「悟性」は「12の範疇(カテゴリー)」(純粋悟性概念)に従って得られた物体の情報を整理していく。
例えば「数量」だとか「質」だとかの4つが3つに分かれて全部で12個。
これはアリストテレスのカテゴリー表を修正したみたいだけど全然だめ、分類の仕方が恣意的。
まぁ、とにかくこの範疇によって認識された物体は「概念」となる。
だから全く同じ形のリンゴがなくてもそれらがリンゴと呼ばれるものだ、ということが分かる!
つまりリンゴの「定義」はある基準に従って我々は決めている、その基準をカントは12の範疇で説明しようとしたんだね。
とにかく「感性」→「悟性」で物体は把握できる。
0934931
2007/01/02(火) 22:06:45「理性」は常に「超越」を欲する(形而上学的欲求)性質があり、確かでもないことを推論してしまう。
そもそも認識には「アプリオリ(先天的、経験するまでもない)」なものと「アポステリオリ(後天的、経験によってはじめて分かる)」がある。
で、前者は「分析判断」と「綜合判断」に分かれていて、後者は「分析判断」だけ。
「分析判断」は証明不要な判断、「綜合判断」は証明によってなされる判断。
「理性」が「超越」について語っちゃうのは(厳密には語った時点で超越じゃないんだけど)、
存在しないはずの「アポステリオリ」な「綜合判断」のせい。
だからカントはこの本で「アプリオリ」な「綜合判断」を利用して、「内在」と「超越」のボーダーラインの領域、
即ち「超越論的」な領域を認識しようと試みている。
けれども僕はどう考えても「アプリオリ」な時点で「綜合判断」も「分析判断」なのではと感じてしまう。
まぁ、そこは大目に見て、この「理性」の余計な推論能力によって人は
神や霊魂だとか自由だとかを議論したがってしまう。だがそんなものは分かるはずもない。
だから「純粋理性」など当てにならない、ゆえにカントは「純粋理性批判」をしたのだ。
それから後は「アンチノミー」だとか「神の存在証明は自ら破綻する」だとかどうでもいい雑談。
で、ここで僕が聞きたいのは果たして「アプリオリ」な「綜合判断」は可能なのか、どうなのか。
「アプリオリ」な「綜合判断」をカントは幾何学を用いて説明しているんですが、
数学徒からするとカントの説明は正確なのでしょうか?
0935931
2007/01/02(火) 22:54:42いえ、正確にはアウグスティヌスの考えの剽窃ですが。
彼は全てを疑い(懐疑論)その果てに残る「自我」(主観)を「思考」としました。
そしてそれ以外の「物体」(客観、自らの肉体さえ)は空間に「延長」を持つと表現しました。
ところが万人に共通の「客観」があるのはおかしい、これの説明に「神」を用いました。
一方、イギリスではバークリー(独断的観念論、この世の全ては我の観念に過ぎない)、
ロック(第一観念と第二観念に二分、自分の観念以外の余地を残した)、
ヒューム(認識は「感性→悟性」で因果や概念は単なる経験に過ぎない)ら経験論者が活躍。
これら英仏の雑多な物言い(特にヒューム)をまとめる役割と、わけの分からない妄言を喚いている
狂信的キリスト教徒を黙らせる役割の両方をカントは担ったわけです。
このとき西洋哲学にとっての「真理」とは「主観」からいかに「客観」へと到達するかという事になっていたのです。
もちろんカント以降のドイツ観念論者(フィヒテ、シェリング、ヘーゲル等)は今日では読む価値のないゴミです。
後のショーペンハウエル(バークリ+インド思想+文学趣味)も森鴎外や幻想文学のファンだけの読み物です。
キルケゴールやニーチェも文学ファン向けなのでここでは取り上げません。
次に注目に値するのはブレンターノの「記述心理学」を利用したフッサールの「現象学的還元」です。
ここで彼はデカルトに近いところから、独我論的なところから哲学をはじめます。
僕が呼んだのは「デカルト的省察」です、ところがこれは「デカルト的笑殺」でした。
0936631
2007/01/02(火) 23:28:51もちろん「超越」というのはそれが説明された時点で「内在」と化します、「超越」は意識によって
常に「内在」と化しているのでそれ自体は存在しません、いえ存在しないと語った時点で
存在の対語として「何かあるもの」になってしまうので言語で説明することは難しい、
存在とは違った、存在の彼方・・・、ここら辺を説明しようとレヴィナス(「存在の彼方へ」)は頑張っていますが。
とにかく「超越」を語るとすでにそこは「世界」の内側であることは自明でしょう。
この「超越」を認識しようとする機能を「意識」と呼び、その本質は「志向性」、「超越」への志向性です。
ではこの「意識」とやらは何か、それを導き出すため「超越論的エポケー」(現象学的還元)を行います。
デカルトのような懐疑のようなものだと仮に考えていただければ結構、違う部分は最後に残るのが
デカルトのような「自我」という「何か」ではなく「意識」というただの機能、意識される対象(ノエマ、客観)によって
初めて現れる「意識」(ノエシス、主観)です。「ノエシス」「ノエマ」はそれぞれ自存しえず対になってはじめて機能します。
この意識の志向性の現われのひとつが推論です。我々は平らな板の表と裏を同時に見ることは出来ません。
表を見ているとき裏がどんな形をしているかなど何の保証もないのです。
ですから常に見て感じたまま、カレーと間違えてゲロを食べようがそのとき感じた味は間違いない感じたままの味、
こういった「明証(直感的真理)」を「純粋直観(本質観取)」と呼びます。
ところでここまでは独我論です。ここで他者が自らと同じように主観を持つという「明証」を「妥当」と呼び独我論を回避します。
この「妥当」によって「主観」は「間(相互)主観性」となります。これは「主観と主観の間で少なくとも共通項がある」ことを
言うのではありません、ただ「根拠はないが他者も自らと同じような主観を持つという明証がある」という事を言うのです。
やがてフッサールは「生活世界」だとかオカルティックで恣意的な事を語りだすので見るべきものはここまででしょう。
09371ではない。哲学者でもない。
2007/01/03(水) 01:16:02>大抵の著者は独習用に書いてるよ。教科書を書いてる複数の教官がそう言ってた。
数学は用語の定義ははっきりしているし、論理的に進行します。哲学などでは、一種の啓示
といったものがないと理解できない内容もあるのですが。
ですから数学は簡単に学習できるはずのものです。
どうして、そうならないのか?自分の経験からみて、悪意があるといってもよい本が多いということ
によるのではないのかと推量します。
数学の学習は一歩一歩はしごを上るようなものですが、途中の談をはずしておけばもうそこから
上れないわけです。論理ギャップがまずそれにあたるでしょう。
次に抽象的概念はそれに先立つ具体的な概念があったわけですが、それを省けば非常にわかりづらい
本が容易にできます。ブルバキも教育課程での採用は少なくなっていると聞きますが、この本の
著者は抽象のまえに具体例にたっぷり触れてきた人がほとんどだと思います。
わかってからなら、抽象的な記述のほうが整理され美しいとも見えますが、学習者にとっては
たまったものではないのです。
>大量の難解な演習問題を解答なしで載せていることが多いよ。
洋書とて優れた独習書はわずかなものではないでしょうか。
>数学書を独習できている、ということですね。ならば、文句をいう必要もありませんね
良い本があればもっと短時間に学習できただろうとおもいます。
>>928
>大学になると、講義が分からない人なんて数学に限らず
数学にとくに顕著ではないですか?
>少なくとも現代では)解析学では普通「有限の値」というのは
仮に現代では使わないとしても(超準解析を除く)無限小は歴史的に重要な概念でしょう。
コーシーの定義でわからなかったら、歴史を紐解くいがいないでしょう。
09381ではない。哲学者でもない。
2007/01/03(水) 01:17:30>Galois理論とかは独習書が豊富でしょ。一般人にも人気があって、本が売れるから。
他スレで高校2年の生徒がガロア理論をマスターしていたので驚きましたが、といって
ひまつぶしのゲームがわりに一般の人がこなせるともおもえませんね。ガロア理論は。
誰かがわかりやすい本を書かないと、一般の人(八百屋のおじさんとか)がせっかく興味を
持っても途中で挫折するとおもいます。
>可環環論とか代数解析みたいな専門家しか読まないような分野もですか?
可換環論なんぞ、教え方しだいでは中学生だってこなせるでしょう。もちろんPIDはUFDであるとか
程度の定理で基礎的なないように限ってのことですが。わかりやすい本がないから専門家しか
読まないのですよ。
>self-containedとは言っても程度問題で、
>少なくとも九九とか一次方程式の解き方から解説するわけにはいきません。
またこういう子供じみたことをいわれる。前書きで必要な予備知識を提示したら、それ以上の
知識はすべて説明するということです。
0939忘禅普賢
2007/01/03(水) 01:26:00"無"についていえば、大乗仏教では、所謂"無い"ということを三段階に「空・虚・無」
と分けてましたね。確か・・うる覚えですが。
0940132人目の素数さん
2007/01/03(水) 01:41:51大乗仏教の空観を復習してください。
0941忘禅普賢
2007/01/03(水) 02:06:43だと思いますか?
0942132人目の素数さん
2007/01/03(水) 09:02:36>によるのではないのかと推量します。
あなたそんな大量に本持ってないし読んでもないでしょw
>ブルバキも教育課程での採用は少なくなっていると聞きますが
あれは大学生用の入門書だとか学習書として書かれたものじゃないですよ。
だからそういう用途で使おうとして挫折するのは使い方が悪い。
堪ったものでないと言われても著者も困ります。
>コーシーの定義でわからなかったら
あなたが挙げたCauchyの定義は無限小変数の定義で、
「有限の」の意味の説明じゃないでしょ?
今は「無限小」とはどういう定義かと言ってるんじゃなくて
「有限の」とはどういう意味で用いられているか、と聞いたんだよ?何言ってんの?
>といってひまつぶしのゲームがわりに一般の人がこなせるともおもえませんね。
いや、数学は別に暇潰しのゲームじゃないし。。。
PS3で遊ぶ代わりに数学書を買って暇を潰して貰いたいとは
ほとんどの数学者は思ってないですよ。
>もちろんPIDはUFDであるとか
>程度の定理で基礎的なないように限ってのことですが。
その程度の内容なら「代数学入門」とかそんな名前のついた本で
分かりやすい本はたくさんあります。抽象代数学の基礎は
解析や幾何と違って数学好きの高校生などにも
手の出しやすい分野で人気がありますから。
私が言及しているのはもっと上のレベルの専門書のことです。
0943132人目の素数さん
2007/01/03(水) 09:05:13まず、専門家にしか読むための動機がありません。
「なぜそういう研究が必要なのか、重要なのか」という根本の部分が
中学生には欠けているからです。専門家しか読まないのであれば
初学者に配慮した独習書など需要がないですね。
そうなると、せいぜいAtiyah & Macdonald(Cambridge大学かどっかの
数学科3年くらい対象の講義を元にした教科書
くらいのレベルの本があれば充分だということになります。
どちらかというとこういう順番でしょう。
たくさん易しい演習問題が付いて解答が付いて、というのは
中学、高校くらいまでの数学の参考書や教科書みたいな類のもののことですよね。
高校までの数学ならこういう参考書は何十年も前からあった。
でも高校の頃はあなたあまり数学が分からなかったんでしょ?
何か言ってる事がおかしいような気がするけど…
>前書きで必要な予備知識を提示したら、それ以上の
>知識はすべて説明するということです。
大抵の数学の本はそうなってると思うけど…
院生が読むような、余程難しい本じゃなかったら、だけど。
あなた自分で勝手に想像した数学の本の実態について批判してません?
現実の数学の本について書いてますか?
0944132人目の素数さん
2007/01/03(水) 09:55:10それなりに哲学的訓練を受けるからあまり酷い電波は飛ばさない。
最悪なのは、高校時代はパターン暗記のおかげで物理・数学が得意だったのに、
大学以降に全然分からなくなった奴だろう。「オレは頭がいい。お前ら全員、馬鹿」
という誇大な自己イメージを保つために、数学・物理・哲学のいずれの学問的訓練も
拒否し続ける。つまり馬鹿をこじらせる結果となる。
0945十二使鳥
2007/01/03(水) 13:06:07速度というのは時間や長さ重さといったものと比べると人的要素の強い
量といえます。計算をしなければ値がでなかったり、ものさしとスピードガン
とを比べても分かると思います。
さて、光速(熱速)ですが。【実は光速には速度はありません】
光速=無
音波=振動
水波=上下動
上記を見れば分かると思いますが波(光も波とされている)には速度の
値に相当する空間位置の移動というものが無いのです。例えば音速が
秒速350mとすると、何が秒速350mもの速さで移動するのか考えてみれ
ばわかると思います。音を伝えるのは空気ですが、空気が秒速350mで
移動してるのではないのです。ましてや光となると、媒体するものすら無
いのですから速度の概念がまったく当てはまらないのです。
0946十二使鳥
2007/01/03(水) 13:06:46値ですが、これは分数のプロセスを持った部分的な値なのです。値という
ものは一点(個体)基準の整数と、全体(気)基準の分数があるのですが、
光速の場合は全体基準の値より成り立っているのです。
光(熱)は水面にできる波紋と似たようなものです。波紋というものは全
体に広がります。一昔前、地球の裏側のチリで起きた津波が日本にきた
こともあります。TVで糸電話はどこまできこえるのか?という疑問に答え
るべく実験をやったのを見ましたが、それに対し専門家は「せいぜい2、30
m位だろう」と答えましたが確か7/800までいって糸が切れこれが記録と
なりました。気の遠くなるような何万光年という所からでも光は届くのです
が、もともと伝達というものは全体に広がるものなのです。光の速さを測
る実験ではよくもこんな方法を考えたものだと関心しましたが、この実験
ではレーザーが使われています。一見、レーザーは集中的なもので全体
とは無縁に感じますが、垂直方向からも線状に見えます。しかしその見え
ること自体が垂直方向への広がりをも示しているのです。
0947十二使鳥
2007/01/03(水) 13:07:45�q/sという値ですが、これは全体に広がる伝達時間(分母の数値は不確
定)を1秒で区切ったというもので、簡単にいってしまえば先程も述べまし
たが全体基準の分数です。速度も分数の数式で表せますが、その値は一
点(0)基準の整数になります。時間は時間で等分できても、距離は時間で
は等分できないのです。一個のリンゴは5秒という単位で区切ることはでき
ません。
速度(整数)でしたら確かに相対性はありますが分数には相対性はありま
せん。しいていえば分数の性質は一定(等分)です。ものさしの目盛りが一
定でなかったら困ります。
相対性理論というのは光速を速度だとし、一定の値を示す光速に対し、
速度は相対的であるはずだとして理論を展開していったものなのです。
つまり観測結果(一定)を捻じ曲げ、空間を捻じ曲げ、帳尻を合わせたもの
といえます。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
0948十二使鳥
2007/01/03(水) 13:16:07・・・・・ほとんどいないだろうが後は
★★★ THE 真理 ★★★
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1160666336/
09491ではない。哲学者でもない。
2007/01/04(木) 00:57:01>あなたそんな大量に本持ってないし読んでもないでしょw
wが不愉快。
>あれは大学生用の入門書だとか学習書として書かれたものじゃないですよ。
著者は学習書としても使えるとおもっていたようですよ。
>PS3で遊ぶ代わりに数学書を買って暇を潰して貰いたいとは
>ほとんどの数学者は思ってないですよ。
わかりのいい本がでれば、数学をパズルのかわりにして暇つぶしに使う人が
どんどんでてくるでしょう。そうなると数学者としてはおおいに困るのじゃないかな。
だから数学者はそういう本は書かない、のかも。
>抽象代数学の基礎は解析や幾何と違って数学好きの高校生などにも
>手の出しやすい分野で人気がありますから。
基礎ができれば、その先もできなくはないでしょ。熱意は必要だけど、パズルとたいして
難易度は変わらないのだから。
09501ではない。哲学者でもない。
2007/01/04(木) 01:18:52>「なぜそういう研究が必要なのか、重要なのか」という根本の部分が
>中学生には欠けているからです。
そんなものはブルーバックス的な本でいくらでも喚起できます。それに趣味で高等数学を
やりたいとおもっている一般人は結構います。ただし一般の人はほんとに基礎的なことを
知らないです。自分がそうだから、そのことはよくわかります。簡単なことも残らず説明が
あれば理解できるものです。
実際中学レベルもあやしい段階がら始めても、2,3ヶ月で院試問題がとけるところまで
行けたりするものです。
>たくさん易しい演習問題が付いて解答が付いて、というのは
>中学、高校くらいまでの数学の参考書や教科書みたいな類のもののことですよね。
そんなことはないです。むしろ大学レベルでこそ必要だとおもいます。抽象概念は結局
のところノイマンの言うように’慣れ’ですから。そのためには、やさしい問題をある程度
解かなくてはならないです。
>>前書きで必要な予備知識を提示したら、それ以上の
>>知識はすべて説明するということです。
>大抵の数学の本はそうなってると思うけど…
これがそうでもないです。独習者だからそう感じるのかもしれないですが。理系の人はどこかで
いろいろ知識をいれる機会がありますからそうは感じないのでしょう。
0951132人目の素数さん
2007/01/04(木) 05:28:46哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる§2
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1167856033/
0952132人目の素数さん
2007/01/04(木) 09:08:14> のところノイマンの言うように’慣れ’ですから。そのためには、やさしい問題をある程度
> 解かなくてはならないです。
概念操作に習熟するための方法は、結局のところ、具体例を構築し、証明を丹念に読み、
理論そのものを自分の言葉で再構成するしかないよ。やさしい問題を沢山解いても無駄。
大学入試の微積分計算にいくら習熟しようとも、極限や微積分の概念に慣れるわけでは
ないことくらい、大学生なら知ってるはずだがね。(ε−δで躓く学生、リーマン積分で
躓く学生、などなどが周囲に一杯いるよね。)
結局、>>944が図星だったみたいね。
944 名前:132人目の素数さん[] 投稿日:2007/01/03(水) 09:55:10
高校物理・高校数学に挫折して大学の哲学科に入る奴は、
それなりに哲学的訓練を受けるからあまり酷い電波は飛ばさない。
最悪なのは、高校時代はパターン暗記のおかげで物理・数学が得意だったのに、
大学以降に全然分からなくなった奴だろう。「オレは頭がいい。お前ら全員、馬鹿」
という誇大な自己イメージを保つために、数学・物理・哲学のいずれの学問的訓練も
拒否し続ける。つまり馬鹿をこじらせる結果となる。
0953132人目の素数さん
2007/01/04(木) 10:18:28困りませんよ。寧ろ数学の愛好者が減るほうが困るかと。
愛好者はそれはそれで鬱陶しい存在なんだろうとは思いますけど。
角の三等分家とかw
>これがそうでもないです。独習者だからそう感じるのかもしれないですが。理系の人はどこかで
>いろいろ知識をいれる機会がありますからそうは感じないのでしょう。
これは程度問題で、言ってみれば中卒の人が微分積分の教科書を読もうと
思ったけど、sin とかcos とか意味不明のことばかり書いてあって読めなかった、
前書きでsin とcos の定義については既知とする、
とは書いてなかったのだからきちんと書け!とかクレーム付けてるようなもので……
或いは、統計を勉強したらSが縦に伸びたような変な記号が書いてあった、とかでも良いですけど。
09541ではない。哲学者でもない。
2007/01/05(金) 01:26:58>大学入試の微積分計算にいくら習熟しようとも、極限や微積分の概念に慣れるわけでは
>ないことくらい、大学生なら知ってるはずだがね。
環論でいえば、整域でax=ayならx=yとできますが、例えばこんな感じの問題を
解かせると、整域の概念も確実になるということです。
わたし自身、微積分の計算など必要ないと見てほとんど学習を省略したのですから
おっしゃられることはもっともだとおもいます。
位相や実解析では、まず実数の連続性の概念がもっとも重要なことは言うまでももないことで
なぜそれをもっと早くから教えないのか不思議なくらいです。
ですから問題といっても意味のない問題はやっても仕方ないです。見分ける目が必要なの
かも知れません。
>結局、>>944が図星だったみたいね。
冗談ではない。こちらは高校時代ぜんぜんできなかった。おかげで私大の文系です。
しかし文系での勉強で思考力がついた気がして、とりあえず実解析から初めてみたのです。
代数の初歩とガロア理論もこなしたので、大学以降わからなくなったのではなく、わかるように
なったのです。
>中卒の人が微分積分の教科書を読もうと
>思ったけど、sin とかcos とか意味不明のことばかり書いてあって読めなかった、
ちょっと著者が親切だと中卒でも微分積分どころかもっと高いレベルのものもこなせる
人がいるのですけどね。
951 乙
09551ではない。哲学者でもない。
2007/01/05(金) 01:30:59>おかげで私大の文系です。
これでは私大の文系を低くみていることになります。そんな意図はありません
ので。むしろ文系のおかげで本当の思考力がついたと思います。
0956132人目の素数さん
2007/01/05(金) 02:31:53それはあまりにもガロア理論に失礼だ。
09571ではない。哲学者でもない。
2007/01/05(金) 03:38:46>整域でax=ayならx=yとできます
もちろんa≠0の条件がつきます。
>>956
>ガロア理論をこなした、なんて法螺を吹くのか
いちおう5次以上の一般代数方程式が開冪によっては解けないというところ
まで進んだのだからよいでしょう。
絵美ちゃんのはなしはおまけ。
0958132人目の素数さん
2007/01/05(金) 06:55:580959132人目の素数さん
2007/01/05(金) 07:12:55それは「ガロア理論入門」をかじった、という程度であって、到底「こなした」レベルではない。
0960132人目の素数さん
2007/01/05(金) 15:23:52>人がいるのですけどね。
一方で、エスアイエヌとかシーオーエスというのは
三角関数と呼ばれるもので、これは単位円があったとき云々(以下略
といちいち説明すると、読者の大半は、そんなの説明要らないから
はやく微分と積分の話に進んでくれよ、まどろっこしいな、と感じるでしょ。
当たり前のことまで説明しすぎて議論の流れが不明瞭になる、あるいは
分かりにくくなる、ということ。
たとえば東大出版の「多様体の基礎」なんかがちょっとそんな感じの本。
著者もそれは分かってて敢えてそういう感じの本にしてるんだろうけど。
単純に、需要が無いと売れないよね、という話だと思います。
0961132人目の素数さん
2007/01/05(金) 15:36:58> 分かりにくくなる、ということ。
分かりにくく感じるのは理解が不十分だからだよ。
キチンと理解できていれば、理解してる箇所を難なく読み飛ばせる。
0962132人目の素数さん
2007/01/05(金) 17:48:190963132人目の素数さん
2007/01/05(金) 18:01:530964132人目の素数さん
2007/01/05(金) 18:30:02憐れな 文kei ・・・
0965132人目の素数さん
2007/01/05(金) 18:46:57読み飛ばすのに0.1秒も掛からんよ
09661ではない。哲学者でもない。
2007/01/05(金) 19:30:40はい、なんとかうまくやっていますよ〜〜ん。
>>959
>それは「ガロア理論入門」をかじった、という程度であって、到底「こなした」レベルでは
>ない。
こういう主観のはいる表現は駄目です。なんと言おうと「こなした」レベルではないと
言われるからです。あのスレを読んでもらえればわかると思いますが、一点の曇りも
ない進め方をしたと自負しています。
>>960
>当たり前のことまで説明しすぎて議論の流れが不明瞭になる、あるいは
>分かりにくくなる、ということ。
付録にするとか、脚注にするとかいろいろ手はあるはずです。初等的な内容というのは
まとめると驚くほどわずかな量です。その内容が初見という人までは配慮しなくともいいと
思います。忘れていたことを思い出す手助けができればいいのです。
>>963
>入門書をこなしたってことにしてやれよ
入門書とはなんですか?ガロア理論に入門書などありませんよ。アルチンの構成にのっとって
いれば、どれも似たような内容になります。最新のものと、ガロア自身のガロア理論は
知らないですけど、それにしたところで入門書ということにはならないでしょう。
09671ではない。哲学者でもない。
2007/01/05(金) 19:33:31文keiってなに。よく聞くけど。
0968132人目の素数さん
2007/01/05(金) 19:56:59またまたご本人様のおとぼけ。
0969132人目の素数さん
2007/01/05(金) 23:11:090970132人目の素数さん
2007/01/05(金) 23:17:25読んだだけで、「きわめた」なんて思い上がってるんだろうな。
0971132人目の素数さん
2007/01/05(金) 23:25:47読めてるわけじゃないけどな。>>960程度の連中が大多数だろ。
0972132人目の素数さん
2007/01/05(金) 23:47:13確かにそうかも知れないけれど、「1ではない」の人は
数学の本をきちんと読むというのがどういうことなのか、
訓練(調教)される経験を持ってないでしょ。
その結果、読めない(読めてないことが自覚できる)人と
読んだつもりになって吹聴しちゃう人の差は大きいと思う
んだけど。
0973132人目の素数さん
2007/01/06(土) 04:17:05こういうスレ立てんのって哲厨でもなんでもないただの暇人でしょ?
0974132人目の素数さん
2007/01/06(土) 09:51:06読める気になってる阿呆は放置でいいよ。
数学科の教員だって、自分とこの学生以外は放置でしょ。
(自分の学生ですら放置する教員もいますけどね)
0975132人目の素数さん
2007/01/06(土) 10:06:49ただなあ、放置の結果、害毒をまき散らしてるのが何というか、その。
0976132人目の素数さん
2007/01/06(土) 11:24:12一般社会だったら、神経科の病棟に、隔離入院だね。
レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。