>>669
> オイラーのように無限小=0としたりするのに比べれば大進歩でしょう。

そういう数学の進歩を理解できるのならライプニッツとコーシーの無限小が本質的に同じなどとはいえないはず。
大事なところで話をそらされているように見えるが、>>646で特徴付けが行われているのは無限小そのものではなく
「無限小になる」ということで、それはようするに0に収束する変数を考えるということ。
コーシーが無限小という言葉を出すのはつねにこうした収束過程であり、無限小そのものは扱われていない。

このような扱いは現代に至るまで大きくは変わっておらず(超準解析はいまだにnon-standardなのでここでは考えない)
記法や実数論の整備を経た今の教科書では無限小という言葉すらも使う必要はない。
そこをあえて頑固に「無限小方式」で解析概論を読もうとすると記述が首尾一貫していないように見えるというのは
“1ではない。哲学者でもない。文kei”さん自身が書いているとおり。