>少数の前提として、たとえば排中律とかあげているではないですか。
Aristotelesが言いたかった事は
「「PであるかまたはPではない」は正しい論理的法則である」であって
具体的な「PであるかまたはPではない」みたいなトートロジー自体じゃない。

議論のレベルが違うんですが。
Ethicaみたいな公理から導出していく議論をしていない、ということであって
正しい推論の法則について説明していないということではありません。

それに推論規則(またはそれと等価なもの)と公理を誤解しているんじゃないですか。
公理は自分で自由に設定できますし、実験的観察から決まるものですが
推論規則はそうではありません。これらは意味合いが違うものです。

>ニュートンについて例をあげてください。
流率を求めるときの計算には、何となくうまくいきそうだから、以上の根拠はありません。
というよりも論理なんてほとんどなくてただの記号計算に近いんでしょうが。

というかアリストテレスって数学と論理学の足を引っ張ったと言われてる哲学者ですけどね。
それが何で数学の理解に役立ったことになるのかそのそもそもの点がわかりませんがね。

>2チャンネルではソースについては、議論の相手を信頼するという原則で行くしか
>ないのではないですか。
その正反対だと思ってる人がほとんどだと思いますが。