>ブラウアーは”数学的直観”(通常理解される意味の)の数学における位置を的確に
>語っています。これが重要。読んでみればわかります。
Brouwerの意見にも賛同者が少ないものも多いものもあるでしょう。
具体的にどの本のどこに書いてあるBrouwerの主張を言っているのか分かりませんが。
多くの数学者は「数学的直観」は大切なものだと思っています。
でも「じゃああなたは直観主義者なんですね?」と聞くと
大多数の数学者は「とんでもない、全く違います」と答えます。これは間違いないです。

>> 可能とはならない大きな体系というのは例えば何ですか?
>現実にそういう体系は存在するし、将来もそうだと
>おもいますが、未来についてはみないいかげんなことをいえます。
いや、あるかないかを聞いているのではありません。
現実に存在するそういう体系の名前を教えてください。具体例を教えてください。

>> 小さな理論ではなく、ZFCのモデルが作れるような大きな理論だ
>それが大きな理論ですか。それに”作れるような”ではなく”作ってから”言ってください。
数学の形式的な理論の話をしているときに、「大きな」の意味を体系の表現力が強い、
という風に解釈するのは一番自然だと思うけど。
あなたがどういう意味で使ってるかは知りませんけど。
しかしこのレスの「ような」は無くても別に内容は変わらないと思うけど、
妙なところに反撥されますね。

>この方法を抽出して計算機のプログラムとすることはできます。
「アルゴリズムがない場合に人間が考える方法」を抽出するということ?
そういうことが出来たという話は聞いたこと無いですけど、
現実的にどこかの大学か研究所かでそういうプログラムが組まれたのですか?、
少なくともアルゴリズムの設計くらいはされたんですか?
信じられないけど。