>”前提”とは、つごうのいい言い方です。公理の言い換えではありませんか。
ただの三段論法の実例である
「人間は死すものである。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスは死ぬ」
を大げさに「AristotelesのSokrates理論」と言ったり
「Aristotelesの定理」とか言ってもいいならそうでしょうねw
それが正しい言葉の使い方だとは思いませんがw

私は、最初から
「Aristotelesの本に公理から定理を導出していくスタイルのものは一つとして無い。」
と言っています。公理の使用例を教えてくれなどとは言っていませんし
数学をやっていれば説明されないでも分かります。

>ユークリッドの『原論』から学べるものなど、とるに足らないものです。
一般的見解はそうではないですよ。個人的意見ならあなたの勝手ですが…
>アリストテレスいぜんの哲学者でも、そのくらいこころえていました。
「命題の依存関係をはっきりさせて」というのは、
ただはっきりと文章を記述するとかそういう意味ではなくて、
理論の拠って立つ根拠を公理の形ではっきりさせて、
公理が何故正しいかの論証を【諦める】ということです。
これをはじめたのはEuclidが最初です。Zenonの時代にそういう考えかたは見られません。

>ゲーデルにとって、数学がトリビアルなものになったという意味です。
なってませんが。

>別に後世とくらべて、本質的におおきな変化があったとはおもえません。
あなたの認識がおかしいだけです。Newtonの時代には
「収束」という概念はほとんどないし重要視されてもいません。
>そんなにニュートンは無能だとお考えなのですか?
それをNewtonが無能だからと考えてしまうあなたの考え方に驚きます。
構成のCauchyやDirichletやEulerでさえ間違った事を言っているというのに。