哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる
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0041132人目の素数さん
2006/11/23(木) 03:19:06「トリビアル」は進路を変えるって意味ではないです。
原義は詰まらない、下らない、ということで、数学では見るからに明白で
言葉を使って説明しても仕方が無い、というニュアンスで使います。
(実際は読者には全然そうでないことも多いのだけれど…)
単に個人的にGödelの後半生は下らないと思っているだけなら別に構いませんが、
あたかもそれが一般的な見方であるかのように書かれても困ります。
>ゲーデルにしても不完全性定理のあとは完全に哲学に移行してしまいました。
とか仰ってるので、哲学は当たり前のことばかりぐだぐだ言ってる
下らない学問なんだ、という意味なのかもしれませんが…
Gödelはそもそも進路を変えては居ません。
研究対象を多少変えただけで、最初から最後まで論理学者です。
それにGödelの「哲学」としてよく引用されるのは数学の基礎に関するものでしょ?
不完全性定理以外のGödelの数学的(論理学的)業績をほとんと知らないで言ってませんか?
Gödelは不完全性定理だけの一発屋数学者じゃありません。
あなたが知らないからといって、Gödelのが何もしなかったということにはなりません。
>>39
その最初の文は全称肯定判断とか言う事が多いみたいですし
簡単に前提と言ってもいいでしょうが公理とは言いません。
それに私は「公理」の意味を聞いているのではありません。
そうではなくて、たとえば「二コマコス倫理学」や「形而上学」は公理的なスタイルで書かれているか?
「動物誌」だとか「霊魂論」だとか「天体論」だとか「気象論」に公理はあるのか?ということです。
三段論法を使って論理的に議論をする事と、
公理を立てて命題の依存関係をはっきりさせて理論を建てる事は全く別です。
似たようなことだと思って一緒くたにしてしまっているのではないですか。
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1122312030/487
でも言われている事ですが。
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