哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる
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0001132人目の素数さん
2006/11/09(木) 22:56:130352132人目の素数さん
2006/12/19(火) 06:27:06計算機屋の考えでは、有限の立場の数学では?
直観主義とはチョッと違います
0353132人目の素数さん
2006/12/19(火) 06:59:02確立されている(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
数学では、数学的命題(論理式)がどういう条件を満たすときに
証明可能と呼ぶべきか、そのルールは確立されている。
(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
数学では、例えば数列 a(n) が実数 b に収束するとは、
次の条件を満たすことである・・・というルールは確立されている:
全ての ε>0 に対し、自然数 n(ε) が存在し、全ての n > n(ε) に対し、
| a(n) - b | < ε がなりたつ。
以上、現在の数学で認められているルールの一部です。
(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
>>348 の人は、これらのルールを認めないといっているだけ。
それが正しいかどうかなんて、誰にも決められない。
これらのルールを認めないのは自由で、「認めろ」と強制することは
誰にもできないが、そのかわり、ほとんどの数学関係者とは、
価値観を共有できないし、ほとんどの数学者を納得させることもできない。
0354132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:07:31Δx → 0 のときの Δx の極限は 0 になる。
これは現在認められている数学のルールに基づいて
証明可能な定理です。
これは馬鹿にする意味ではなく、単なる確認ですが、
>>348 の人には、このことを認めていただけますか?
0355132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:14:46・・・>>348 の人は、このことが正しいと主張するのであれば、
論理的な構造を明確にして、厳格な証明を与えるべき。
今のところ、そのような証明は与えられていない。
0356132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:20:53「無限小」の概念を、現在認められている
数学のルールに基づいて記述していない。
0357132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:23:51その主張の内容は、絶対に私は認めない。
なぜなら、私を納得させるだけの内容をもっていないから。
0358132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:28:21と解釈するのはその人の自由。
しかし、ほとんど全ての数学者は、そのようには解釈していない。
0359132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:42:35所詮真理とはその人にしか通用しないもの。
人によって真理は異なる。
数学では、与えられたルールの下で「証明可能」かどうかを研究している。
それが哲学者の真理にかなうかどうかは別の問題。
ルールを変えれば証明可能性が変わるのは当たり前。
しかし、自分ひとりにしか通用しないルールを振りかざしても、
誰も共感してくれない。誰も納得してくれない。
単なる自己満足。
0360132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:46:08それならば、議論してもしなくても、結果は同じ。
自分の立場に変化はないから。何も進展はない。
0361132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:00:06> 何が言いたいのか分かりませんが…
数学は時間発展してるんだからこれ自体は正しいんじゃないの?
たぶんこの人がいいたかったのは、数学において真理は時間の関数である、
っていう誰だったか(アティヤーだっけ?)のジョークじゃないかな。
2ちゃんで見た言葉なのでソースは知らないが。
0362132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:10:45>こういう頑固な態度では、解析学に限らず、どんな分野の本でも、
>完全な理解に達することはできないでしょう。
・・・誰の言葉でしたっけ?
0363132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:16:53>あれば数学も楽しめないのでは。
そんなことない。私は議論しなくても数学を楽しめる。
数学の楽しみ方は、一つでない。
0364132人目の素数さん
2006/12/19(火) 10:46:14コーシーが特定の値ではなく、変数Δxの0での極限を考えるこそ無限小と言い換えたときにすでに扱い方の質は異なる。
(その上でコーシーは微分dx,dyを比が微分係数になるものと定義し、dy/dx=f'(x)からdy=f'(x)dxを導いている。)
この2つが本質的に同じだというのなら超準解析は何もしてないことになる。
0365132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:23:52同じものならば、コーシーは何も新しいことをしていないことになるし、
コーシーの収束の定義を、現代のほとんどすべての数学者は
みな同じように曲解していることになる。
何たる偶然!!
0366132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:31:55変態哲学者がいる。有限で済むところを、なんでも
「無限」という言葉で置き換えなければ気がすまないらしい。
0367132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:34:01自分を慰める・・・よくあること。
0368132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:43:27>とあります。実はこの定義だけでなくコーシーは無限小による他の概念の定義も行って
>いるのです。それでも無限小は極限におきかえられるでしょう。そういう風にコーシーの
>理論はできているのですから。そのことは何度も言ってきたことです。
この主張を分析すると、「この変数は0を極限として持つ」とあるように、
極限は0つまり、
極限=0
一方、「無限小は極限に置き換えられる」とあるので、互いに置き換えられる対象の
同等性より、
極限=無限小
したがって、
無限小=0
0369132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:48:00の別証明。
恒等式
無限小=無限小
の左辺において、「無限小は極限に置き換えられる」から、
極限=無限小
いっぽう、「0を極限として持つ」から、
0=極限
したがって、
無限小=0
0370132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:03:36数学者の職場は有限ですが。「実無限」を認めても、有限は有限ですが。
そもそも実無限って、なに?私は認めていませんよ。
認める気もありませんね。非現実的ですから。
「実数の全体の集合」だって、人間の有限の脳細胞から生まれたもの。
それが何で無限に行き着くんですか?
実無限でなく、形式的に記述された、形式的無限でしょ。
0371132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:13:340372132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:18:14機会のプログラムは、自己矛盾がなければすんなり動き、
証明の正しさとは関係がない。
もちろん、機械のプログラムが、正しい証明を
与えられることの確証がえられればはなしは別。
しかし、それは無理そう。本読んで勉強したほうがまし。
0373132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:29:12全ては、原理的に、「∈、=、∧、∨、⇒、¬、∀、∃」という記号と、
変数を表す記号「X_1, X_2, X_3, ...」で記述される。
数学の命題(論理式)は、これらの記号の有限個の組み合わせでえられる、図形のうち特別なもの。
数学の推論または証明とは、これらの論理式の、図形としての有限回の変形規則。
ここには無限は出てこない。全てが有限回の操作で終了する。
0374132人目の素数さん
2006/12/19(火) 17:10:150375132人目の素数さん
2006/12/19(火) 18:45:31いや、直観主義論理に価値を認めてる計算機屋は多いと思うけど
実際に自分の主義として直観主義を採用してる計算機屋はあまり多くないと思うけど。
直観主義論理を研究する事と、実際に数学の証明として排中律を認めないことは別。
>>361
岩波現代文庫「怠け数学者の記」p227
小平 一度アティヤに、「基礎論に興味がありますか」ときいてみたんですよ。
そしたら、ぜんぜん興味がない、厳密性というのは時代の関数だから、そんなこと心配する必要
はないっていうんですよ。
「数学」でも「数学の真理」でも無くて「厳密性」でした。
>>373
俺も中村八束によるJordanの閉曲線定理の証明は認めないwww
0376132人目の素数さん
2006/12/19(火) 18:55:50最近、PRA(primitive recursive arithmetric) というものを知りました。
0377132人目の素数さん
2006/12/19(火) 19:02:06普通は、一番新しい「厳密性」をルールとして採用するのでは?
0378132人目の素数さん
2006/12/19(火) 19:02:400379132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:39:40このことに理解していない哲学者がいる。
0380132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:40:55厳密性だったか。
今度出典をチェックしときます。
0381132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:43:55有限の立場での証明では、ありえます。
0382132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:59:02数学に「逃げた」わけではない。単に哲学より数学が好きなだけ。
このスレタイは、偏見に満ちているな。
0383132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:18:03収束実数列の極限も実数だったね。
哲学者からみたら、曲解の産物なんだろうな。
0384132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:52:02哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0385132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:59:48でも、収束実数列の極限は実数だったね。
収束自体も ε-δ、ε-n で記述していたね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0386132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:59:590387132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:01:20訂正
○ Foundations
× Principles
0388132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:31:28実数だったね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0389132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:39:19収束実数列の極限は実数だったね。
収束の記述も ε-δ、ε-n だったね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0390132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:46:0503911
2006/12/20(水) 01:47:23> だから、実際にそうだよ、と言っただけですけど…
それで、その後の文をその理由付けと思ったら違う話しだったわけですか。
ということは、”実際にそうだよ”だけが定義されてない用語はないということへの
解答ということですか。
> 大体数学自体のことを歴史の函数なんて言った人なんて知りませんが。
よくいわれるのは、「”厳密性"は歴史の関数である」と「"証明”は歴史の関数である」です。
厳密性には公理、定義の完全さへの言及があります。ここまでいえば、数学自体が歴史の
関数といっていいでしょう。だれの言葉か明記しなくとも。
> 無いものをあると強弁されても困ります。
それは今意識されてないだけのことです。歴史を振り返ってみればわかること。
> 直観主義はもともとBrouwerの個人的信条に基づいた特殊な思想だったのですが
特殊な思想は言い過ぎでしょう。ヒルベルトもおおきな影響をかんじていたのだから。
排中律はともかくとして、直観主義の主要な考え方に同意する数学者は多いとおもいます。
それに形式主義も論理主義も下火になってしまったでしょう。みな数学的直観が大事だと
思っているのでは。
> 計算機を使おうが使うまいが、人がチェックして正しいことが確認できれば
ほとんどチェックできない証明ばかりではないですか。取るに足らない、計算機を使う必要も
ない証明をべつにして。
>もし査読者が無能な数学者だったら、
だから複数の査読が必要なんです。もし査読者が有能でも、証明者と同じ党派に属していたら
これも信用できないです。
0392132人目の素数さん
2006/12/20(水) 01:50:14>>383-384
> 収束実数列の極限も実数だったね。
極限が実数であるのはあたりまえでしょう。無限小もコーシーの定義で”0(実数)を
極限にもつ”とあります。
>>390
> 俺は数学は大学でも学ぶが、哲学は独学のみ。
わたしはどちらも独学。
0393132人目の素数さん
2006/12/20(水) 02:02:54> 数学者の職場は有限ですが。「実無限」を認めても、有限は有限ですが。
'実無限’を扱っている数学分野が結構あるので、それがぽしゃると困るわけです。
> 認める気もありませんね。非現実的ですから。
えらい。信念の人ですね。ユークリッドの原論に公理として「部分は全体より小」という
のが出てくるのですが、’実無限’は当然この公理に反しているわけです。
だから’実無限’に関して論理的に奇妙な結果がでてくることは当然考えられます。
そのときは例によって、小手先のテクニックを駆使して当面の難局を乗り切るのが
数学のいつもの歴史です。
0394132人目の素数さん
2006/12/20(水) 02:09:27> それならば、議論してもしなくても、結果は同じ。
>自分の立場に変化はないから。何も進展はない。
固守できなくなったら、そこで負けです。それまで固守するということです。
徹底して守ることによって認識は深まるのです。
わたしへのレスでご返事できないのがありますが、頭が痛いのでごめんなさい。
0395132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:07:38>それがぽしゃると困るわけです
具体的に、どの分野かお教え願えますか?
私は浅学で知らないので。
0396132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:18:27人間が認識できる概念は、あくまで有限。
実際、実数全体の集合 R が無限であるという 性質 も、たとえば、
( ∃f:N → R ) ( ∀x, y ∈ N ) ( f (x) = f(y) ⇒ x = y )
という一つの論理式 ( 記号の有限系列 ) で表現される。
(すでに自然数の全体 N が記号の有限系列で表現されていれば)
数学の全ては、このように、記号(図形)の有限系列で
表現できるし、じっさいに、人間は、
本質的には数学をこういう風に認識してきた。
0397132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:31:31>えらい。信念の人ですね。
あなたも相当強固な信念をお持ちのようですね。
0398132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:41:09>徹底して守ることによって認識は深まるのです。
私はそうは思わない。わたしは自分の新しい考えが正しいかどうかは、
徹底的に疑ってみて、疑う余地がなくなって初めて無矛盾
であろう、と認める。
特に、
>固守できなくなったら、そこで負けです。
という考えには、賛同できない。数学に限って言えば、
数学は勝ち負けを決める競技ではないから。
一定のルールに従って、正しいかどうかを研究する学問です。
0399132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:42:55>頭が痛いのでごめんなさい。
体調がお悪いのですか?お大事にしてください。
0400132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:48:48私は数学は独学だが、全ての定理の証明をチェックしてきました。
0401132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:53:05>無限小もコーシーの定義で”0(実数)を
>極限にもつ”とあります。
だから、無限小=0 です。>>368、 >>369
の人が指摘しているように。
恒等式
無限小=無限小
の左辺において、「無限小は極限に置き換えられる」から、
極限=無限小
いっぽう、「0を極限として持つ」から、
0=極限
したがって、
無限小=0
0402400
2006/12/20(水) 04:01:53>全ての定理を
は、
>自分が勉強した全ての定理を
です。もちろん、ジョルダンの閉曲線定理も含みますw
0403132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:00:20>これも信用できないです。
党派って、数学界にもあるんですか?学派のこと?
査読者(レフリー)は、数学の論文では、
通常、第三者の立場の人が、割り当てられます。
まあ、何でも疑ってかかるのは自由ですが。
それよりも、自分の考えが正しいかどうか、まず自分を疑うのが
数学者のやることだと私は思います。
自分を守る・・・といえば聞こえは良いですが、
ご自分を甘やかすことのないようにしたほうが良いですね。
0404132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:12:56単なるあなたの思い込みです。
現在活躍中の数学者では、具体的に誰と誰が同意してるのですか?
一般的な working mathematician(≒基礎論以外の数学者)は直感主義をとっていません。
0405132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:20:15これは >>404 の人が正しい。
基礎論の分野でも、昔、竹内外史が、Alfred Tarski に、
「直観主義をどう思うか」
と尋ねたところ、
「Philothophically weak and mathemathically ugly」
という答えが返ってきたそうです。
0406132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:28:17旧日本軍みたい。
0407132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:50:43ばーか♪
0408132人目の素数さん
2006/12/20(水) 09:11:400409132人目の素数さん
2006/12/20(水) 09:55:30工学にいった。
今、思えば大正解だったと思う。
数学は異次元
0410132人目の素数さん
2006/12/20(水) 10:06:180411132人目の素数さん
2006/12/20(水) 11:46:35数学(の一部、ガロア理論と実解析とかだっけ?)を独学したと主張しているけど、
定義や用語を思い込みだけで自分勝手に解釈しはじめたら、数学じゃなくなるよ。
彼の中には何か自分で語感?から思い込んだ、特有の「オレ様定義」を生み出して、
それに固執する傾向がある。
そして、その「オレ様定義」の反例などを挙げられると「負けた」と考えちゃうんだね。
「オレ様定義」というか、イメージを持つことは大切だけど、
適切に修正していけないのは(数学を勉強する上で)害悪でしかない。
他の人(“偉い人”が多い)の発言を引用するときも、「オレ様解釈」で都合のいいところだけ
引用してしまう傾向が強い。
タイプとしてはトンデモ系の人で、
何度説明しても(その人が証明したと主張する)証明が間違っていることを認められない人に
似ているような気がしてきた。
0412132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:03:20数学者もいたしね。
数学界では誰からも相手にされていませんが。
0413132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:12:00>そのときは例によって、小手先のテクニックを駆使して当面の難局を乗り切るのが
>数学のいつもの歴史です。
小手先のテクニックで難局を乗り切れれば、それに越したことはない。
最初から実無限を認めなければ、そんな面倒なことをしなくても良い。
私は、あくまで形式的無限で押し通すつもり。
実無限など、現実的にあり得ない。
0414132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:26:470415132人目の素数さん
2006/12/20(水) 14:09:590416132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:07:030417132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:37:47>しかし、たれか問うものに説明しようとすると、わたしは知らない
興味深い文章です。つまり、
「時間とは何であるのか、誰も私に尋ねなければ、
私は知っている気でいられる。
しかし、誰かから質問されて説明しようとすると、
説明できなくて、実は知らないことに気づかされる」
と言うのが正確な意味でしょう。
0418132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:40:150419132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:43:30たぶん今回も「直観主義」という名前に何やら幻想を見てしまったのだろう。
0420132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:46:110421132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:50:08>ない証明をべつにして。
普通証明は、数学者が頭で考えたり紙に書いて行います。
計算機が使われるのは、定理の数から言って、まれですし、
使われると言っても人間が主役で機械は脇役です。
さらに、機械は証明を考える能力を持っていません。
そして、ジョルダンの曲線定理は、機械での証明検証プログラムを作るのに
10年以上かかっています。
本を読んで自分の頭で確認すれば、基礎からやっても3〜4年ですみますよ。
0422132人目の素数さん
2006/12/20(水) 18:17:55>取るに足らない、計算機を使う必要もない証明をべつにして
つまり、この人がチェックできる証明は、取るに足らない証明だけ。
ほとんどの難しい証明は、チェックできてない。
0424132人目の素数さん
2006/12/20(水) 22:17:55「直観主義の主要な考え方に同意する数学者は多いとおもいます。 ...
みな数学的直観が大事だと思っているのでは。 」
だからな。
まさに字面の解釈だ。
0425132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:01:09理解や共感を示すのは難しい。
そういう文脈なら「哲学を理解できないものが数学や物理を勉強する」は正しいなww。
0426132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:13:24このスレで暴れているやつはまさに「哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げ」たタイプだろう。
0427132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:20:200428132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:50:120429132人目の素数さん
2006/12/21(木) 00:47:47「形式的無限」云々は、基礎論かぶれの僕です。
哲学者ではありません。
0430132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:12:57途中からは中学生が書いたみたいな恋愛小説がメインになってたしな。
0431132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:22:38で紹介されているHPに言ってきたが、
このHPやってる人は、商群の定義を勘違いしている。
ルベーグ積分とリーマン積分の違いも理解していない。
何でも、プロフィールによれば医師免許を持っているらしいが、
こういうおかしなことを並べ立てる医者の診察を受けたいとは思わない。
0432132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:23:50訂正
○ 行ってきた
× 言ってきた
0433132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:31:260434132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:41:50そいつ病院にいるが医師ではないんじゃないかww
0435132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:52:12> 私は浅学で知らないので。
もうしわけないのですが、ご自分で勉強してください。
>>396
> 実無限は、私の考えでは、形式的体系における形式的無限に置き換えられる。
このアイディアは、自分でも考えました。
> 数学の全ては、このように、記号(図形)の有限系列で表現できるし
これは実際に実現してから言わなくてはね。そうでなければ、どうかわからないです。
>>397
どうもおほめにあずかって。
>>398
> 数学は勝ち負けを決める競技ではないから。
”数学は”といえば、そうです。しかし、議論のなかには勝ち負けの要素があるからこそ
議論のおもしろみがあるのです。ただし、勝ち負けが議論の目的でないことはいうまでもないこと。
それは、ゲームとおなじことです。
>>399
そうです。ありがとう。
>>400
チェックできる定理のみやってきたのではないですか?
0436132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:53:58> だから、無限小=0 です。
失礼ながら、まだこんなことを言われるのですか?コーシーの定義をもう一度
読み直してください。
>>403
> 通常、第三者の立場の人が、割り当てられます。
これこそ、その証拠といえるのではないですか?
>>404
> 単なるあなたの思い込みです。
こたえづらいですが、広義の直観主義といったものなら多くの数学者がそれであると
おもうのですが。
>>405
>竹内外史が、Alfred Tarski に
タルスキーは数学者とは言えないでしょう。
と言うと、数学者の定義でひともめするかな。
>>417
>説明できなくて、実は知らないことに気づかされる
わからないようですので、もっと簡単な例をだしましょう。
「数学とはなんですか」ときかれたらどうです。
説明しようとしなければ、数学についてある程度はわかっているでしょう。
でも、いざ説明しようとしたら大変だ。そういうことはたくさんあるのです。
もっともソクラテス的な無知に気づいたというならそれはそれで結構ですが。
>>421
>機械は証明を考える能力を持っていません。
またでたらめを言う。簡単な問題なら証明を機械がやっているでしょう。
なにを称して’考える’というのかの問題は残りますかね。
>機械での証明検証プログラムを作るのに10年以上かかっています。
その検証プログラムを検証するプログラムを20年くらいかけてつくってください。
0437132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:01:210438132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:05:17チェックできたから「定理」なんです。
チェックできなければ公理として認めるか、
保留するかしかありません。
しかし、ジョルダンの曲線定理程度なら、チェックは比較的容易です。
>> 数学の全ては、このように、記号(図形)の有限系列で表現できるし
>これは実際に実現してから言わなくてはね。そうでなければ、どうかわからないです。
ブルバキは、その著書「数学原論」で、曲がりなりにも実現させています。
私も自分が勉強した理論については、
それを記号の有限系列で表現する方法の構成を確認しています。
ただ、「表現する方法がある」・・・というだけで、
そのためにはべらぼうな紙と鉛筆が必要。
物理的にはほとんど不可能です。
あなたがおっしゃるのはそういう意味かもしれませんね。
0439132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:06:12「考える」の定義に依存するけれど、コンピュータができるのは(Prologなんかを用いても)
形式的なパターンマッチングや分岐の追跡が限界です。
証明の方針を与えたり「発想」する部分は今のコンピュータじゃまだできません。
0440132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:10:34>失礼ながら、まだこんなことを言われるのですか?コーシーの定義をもう一度
>読み直してください。
ほんとに失礼ですね。あなたの主張から、論理的に
無限小=0を導いただけです。
それに、私の立場では、コーシーは、無限小の定義を記号の有限系列で
記述していません。言葉を並べているだけで、
定義を与えたとはいえません。
まず無限小の定義を記号の有限系列で表現する方法を
提示してください。
でなければ、私はあなたの主張を認めません。
0441132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:17:12>またでたらめを言う
中傷は止めてください。議論をするのであれば、
相手に対する礼節も必要。
ゲーデルとタルスキーによって、次のことが示されています:
「任意に与えた論理式が形式的体系から証明可能かどうか
・・・それを判定するアルゴリズムは存在しない。
ただし、形式的体系は、自然数論の公理を含むとする。」
>タルスキーは数学者とは言えないでしょう
それはあなたがそう思っているだけです。
0442132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:18:15あんたが思い描いている「直観主義」は数学の人が使う用語としての「直観主義」とは異なっている。
まずはその間違え(思い込み)を認めなさい。
また Tarski は数学者であり論理学者である。
0443132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:21:56だから、説明できなくて、実は、「数学とは何か」
知らないことに気付かされるのです。
私の数学の学識は、九牛の一毛をつかんだ程度。
「数学とは何か」知っているとは、人前ではとても言えません。
しかし、自分ひとりで勉強していると、「数学とは何か」
わかったような気になれるのです。
0444132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:23:13>その検証プログラムを検証するプログラムを20年くらいかけてつくってください。
お断りします。そんな作業に、私は価値を認めません。
0445132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:28:05>これは実際に実現してから言わなくてはね。そうでなければ、どうかわからないです。
数学を記述している記号・言葉は、すべて図形で表現されている。
例えば、「収束」という漢字も、窮極的には図形。
だから、実際に、われわれは、数学のみならず、全ての学問を
図形の有限系列で表現している。
0446132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:30:43哲学電波塔には無理だと思う
自分の立場を固守する=我を張る=屁理屈をこねる
だから。
0447132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:33:56>”この変数は'無限小’と呼ばれるものになる。この変数は0を極限として持つ。”
>とあります。実はこの定義だけでなくコーシーは無限小による他の概念の定義も行って
>いるのです。それでも無限小は極限におきかえられるでしょう。そういう風にコーシーの
>理論はできているのですから。そのことは何度も言ってきたことです。
この主張を分析すると、「この変数は0を極限として持つ」とあるように、
極限は0つまり、
極限=0
一方、「無限小は極限に置き換えられる」とあるので、互いに置き換えられる対象の
同等性より、
極限=無限小
したがって、
無限小=0
0448132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:34:55の別証明。
恒等式
無限小=無限小
の左辺において、「無限小は極限に置き換えられる」から、
極限=無限小
いっぽう、「0を極限として持つ」から、
0=極限
したがって、
無限小=0
0449132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:38:05>またでたらめを言う。簡単な問題なら証明を機械がやっているでしょう。
>なにを称して’考える’というのかの問題は残りますかね。
事実をいうと、機械はオリジナルの証明図を構成する能力を持っていない。
0450132人目の素数さん
2006/12/21(木) 02:42:46この人の攻撃的な文調、何とかならないか?
議論しているというより精神障害者が駄々をこねているようにしか思えないが。
0451132人目の素数さん
2006/12/21(木) 04:15:07そういうアピールだから
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