哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げる
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0001132人目の素数さん
2006/11/09(木) 22:56:130331132人目の素数さん
2006/12/15(金) 17:03:26いえいえどうも。あなたの仰るとおりだと思います。
確かにこのスレでぐだぐだ議論するより数学の勉強をする方がよほど有益ですねw
ただ数学的なことでふと思ったことがあったんですが、
「Cauchy無限小」を、差がCauchy数列の違いしかないものは同一視して、
非単項超フィルターを用いて同値類を取ると超実数の一つのモデルが出来る
(cf.超積と超準解析 1章)わけで、
これは収束プロセスというより、正真正銘の「無限小」ですから、
「Cauchy無限小」も超準解析も我々が思うよりも近いものなんじゃないのかな、と。
それでも別物なのは間違いありませんが。
0332132人目の素数さん
2006/12/15(金) 17:05:06まあいいや。
0333132人目の素数さん
2006/12/15(金) 22:08:25> ない。けど、君にはあるんだね?
たとえの意味もわからないのではいたしかたないです。
>>324
> Cauchyは0に収束する変数の事を「無限小」と呼んでいるだけで、
定義のなかで、”限りなく減少するとき、この変数は'無限小’と呼ばれるものになる”
とあるのです。文章をちゃんと読みましょう。’無限小と呼ばれるものである”とは
書いてないでしょ。
> CauchyとLeibnizでは「無限小」の指すものが違うということはお分かりでしょうか。
本質的には変わりないものです。
> 「無限小」が無定義術語だと言うのなら、
それは違う話しです。文脈をよくたどってください。
>>327
> Δxは変数だと書いてあり、Δx→0の極限を取っているのだから
>変数の極限を取っているだけ。
Δxが変数であることはいまさらいわれるまでもないこと。で極限をとってΔxはどうなるの
ですか?0になっているのですか?違うでしょう。
> 実数は第一章で明確に定義されており、無限小は実数の集合に含まれない。
そもそもこういう話しを高木貞治がもちだした時点で、第一章の話しがらはずれてきている
のです。首尾一貫してないといえるかもしれません。
> もっともあんたは無限小を明確に定義していない(したくない?)ようだが、
無限小の定義は公知でしょう。
> 極限操作に置き換えたときに見え隠れするのは実数の連続性の問題で、これはコーシーより
>後の時代に合理化された。
それは、「解析の算術化」といわれるもので、デデキンド、カントル、ヴァイエルシュトラース
らによって達成されたものです。解析概論では第一章の内容のいくつかの部分がそれに対応します。
そんなことは当然知っています。
0334132人目の素数さん
2006/12/15(金) 22:10:44> ふと冷静になってみると、Δxとdxの使い分けも無視して無限小だという人に何を説明しても
>無駄な気がしてきた
こういう人にはなにを説明しても無駄でしょう。
>>331
> 「Cauchy無限小」を、差がCauchy数列の違いしかないものは同一視して、
>非単項超フィルターを用いて同値類を取ると超実数の一つのモデルが出来る
>(cf.超積と超準解析 1章)わけで、
このモデルは超準解析をまるで知らなかったときに、自分でもおなじものを作ったことが
あります。それだけに超準解析にはつよい興味があります。
> 「Cauchy無限小」も超準解析も我々が思うよりも近いものなんじゃないのかな、と。
モデルとは無矛盾性の証明のかわりといっていいものですから、そのためにあると考えれば
コーシーの無限小も超準解析もおなじものといっていいです。ただし基礎論関係の人の
面倒な議論はお断りします。そんな知識はないので。
0335132人目の素数さん
2006/12/15(金) 22:25:47>それは違う話しです。文脈をよくたどってください。
単純にあなたが無定義術語(無定義元素)という言葉の意味を知らなかっただけです。
318を読んでもそうとしか取れません。
0336132人目の素数さん
2006/12/16(土) 14:03:12ぐだぐだ言ってる閑があったら超準の本を読め。話はそれからだ。
0337132人目の素数さん
2006/12/16(土) 17:47:13> で極限をとってΔxはどうなるの
> ですか?0になっているのですか?違うでしょう。
違うよ、そりゃ。
極限だもの。
> そもそもこういう話しを高木貞治がもちだした時点で、第一章の話しがらはずれてきている
> のです。首尾一貫してないといえるかもしれません。
話の流れをまとめると
1. 解析概論の本文では「無限小」という言葉をあからさまに使った理論展開はしていない。
2. 『「解析概論」にも無限小概念を使った微分の定義が出てくる』と考えるあなたは
この本の記述が首尾一貫していないように見えている。
3. 私は本文にない無限小概念など考えず、解析概論の記述を首尾一貫して理解している。
ということだな。
> こういう人にはなにを説明しても無駄でしょう。
議論しても無駄ということだけは意見が一致したことになるな。
0338132人目の素数さん
2006/12/16(土) 22:16:40極限だもの。
みつを。
0339132人目の素数さん
2006/12/16(土) 23:02:48> 単純にあなたが無定義術語(無定義元素)という言葉の意味を知らなかっただけです。
301で
>>議論で使われる用語の定義を明確にせずに
>>ただ言葉だけ並べて相手を煙に巻こうとするのは哲学者の
>>背信的悪意そのもの。
と言われました。そこで、定義とはいつでも可能ではないことを説明したのです。もっとも
わざわざ解説しても、あなたは理解する気はないようですし、レスするだけ無駄なタイプの人
のようですね。
>>336
> ぐだぐだ言ってる閑があったら超準の本を読め。話はそれからだ。
これは本当にそうです。
>>337
> 極限だもの。
だから無限小の変数になっているでしょう。
>私は本文にない無限小概念など考えず、解析概論の記述を首尾一貫して理解している。
>ということだな。
そういう頑固なたいどでは、解析学に限らずどんな分野の本も完全なる理解には到達できないでしょう。
> 議論しても無駄ということだけは意見が一致したことになるな。
以下を書いた人と同一人ですか?
>>Δxとdxの使い分けも無視して無限小だという人に何を説明しても無駄な気がしてきた
ふつう使い分けはしますよ。しかし明らかに無限小をΔxで使うこともあります。それに
議論が記号の使い方だけで決まるとしたら、議論は必要ないですね。
0340132人目の素数さん
2006/12/16(土) 23:20:16無定義術語というのは、Hilbertっぽく言うなら、
「机」、「椅子」なんかを無定義術語にして
任意の二つの「机」AとBは、高々一個の「椅子」で「共鳴」する、
「机」AとBが「共鳴」するような「椅子」Cが存在しないとき、AとBは「恋人」であるという、
みたいなわけわかんない言葉を使っても幾何学は展開できるんだ、という事なんですけど。
これは決して
「皆どんな意味の言葉かは大体分かってるんだから改めて定義するまでも無いよ」
ということではありません。
その正反対で数学では無定義術語の「定義」は行わない代わりに、
それ以外の概念は基本的に 全 て 定義可能だと考えるんですよ。
(少なくともHilbertを含む、現代のほぼ全ての数学者の考えでは)
それでも今の「無限小」は無定義術語じゃないのは認めるんですか?
ここで無定義術語の話を出すのは話のピントがズレてますし、自分で自分の首を絞めてますよ。
>そういう頑固なたいどでは
頑固なのはあなたでしょう。
「無限小」に関連してあなたに反論してるのは一人二人じゃないですよ。
あなた以外で、数学科の解析概論既読の人に聞いたら
dxが無限小だと理解してる人はほとんど居ないと思うよ。
十人に一人も居ないと思う。
とりあえず、ここまではあなたも認める?認めない?
0341132人目の素数さん
2006/12/17(日) 17:28:15哲学、数学、物理の例
0342132人目の素数さん
2006/12/17(日) 20:26:58>わけわかんない言葉を使っても幾何学は展開できるんだ、という事なんですけど。
それはまた話しがちがいます。
概念の意味を捨象しても、概念の関係だけで数学理論が築けるという話しで
’点’という言葉の代わりに’犬’をつかっても変わりないというだけのことです。
> 「皆どんな意味の言葉かは大体分かってるんだから改めて定義するまでも無いよ」
>ということではありません。
もちろんそんなことはわかっています。
> それ以外の概念は基本的に 全 て 定義可能だと考えるんですよ。
それは実際にそうだからですか?それとも願望ですか?
もっとはっきり言えば信仰でしょ。
> それでも今の「無限小」は無定義術語じゃないのは認めるんですか?
コーシーの定義を出しているでしょ。
> ここで無定義術語の話を出すのは話のピントがズレてますし、自分で自分の首を絞めてますよ。
それは文脈を考慮しないあなたのとりかたがずれているのです。
> 十人に一人も居ないと思う。
真理が多数決で決まるとおもうならそう考えればいいでしょう。
それに議論は自分の立場を固守するゲームでもあります。このゲームを楽しめないので
あれば数学も楽しめないのでは。
> とりあえず、ここまではあなたも認める?認めない?
シンガポール陥落(太平洋戦争時)のときの山下奉文大将みたいな言い回しがよくある。
感じよくないですよ。
0343132人目の素数さん
2006/12/17(日) 22:25:16>概念の意味を捨象しても、概念の関係だけで数学理論が築けるという話しで
多分聞いたことない話だろうと思って簡単に書いたつもりだったんですけど理解されてますね。
無限小の話と無定義術語がどうのこうのの話は全然関係ないというのもお分かりですよね。
>それは実際にそうだからですか?それとも願望ですか?
実際にそうだからです。
そうじゃないと機械によってJordanの曲線定理の証明をしたりは出来ませんよね。
無定義術語と言っても簡単で、要は概念Aを定義無しに使うにしても、
議論に用いるAの性質は(少なくとも一つの本や理論の中では)有限個しかないのだから、
最初に公理の形で纏めてしまって、あとから前提を追加したり、
最初に前提しなかったAの性質を無自覚に使ってしまったりしないようにしましょうね、
というだけのことで、出来ないはずがありません。
例えば高校の教科書なんかでは極限値の定義は無くて直感的に済まされていますけど
それでも高校の教科書で「証明無しに使う極限の性質」は有限個です。
>それは文脈を考慮しないあなたのとりかたがずれているのです。
Hilbertの無限小は全く関係ない話で、要するに例として不適当なんです。
>真理が多数決で決まるとおもうならそう考えればいいでしょう。
>それに議論は自分の立場を固守するゲームでもあります。
他の大多数の意見を易々と無視し自分が少数派であることの理由を深く考えない、
というのはトンデモの特徴ですよ。
それに数学は「自分の立場を固守するゲーム」ではありません。
実際、数学者は他分野の学者に比べると、
議論していても相手の主張のほうが理に適っていると思えば直ぐに立場を変える傾向があると思います。
それは数学では、人によって定理の証明が正しくなったり誤りになったりはしないからです
0344132人目の素数さん
2006/12/18(月) 14:37:400345132人目の素数さん
2006/12/18(月) 17:45:27http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1166430783/
0346132人目の素数さん
2006/12/18(月) 21:13:450347132人目の素数さん
2006/12/18(月) 21:17:28の欠陥?
0348132人目の素数さん
2006/12/19(火) 01:11:26> 実際にそうだからです。
> そうじゃないと機械によってJordanの曲線定理の証明をしたりは出来ませんよね。
話しが変わっていますよ。もともと
>> それ以外の概念は基本的に 全 て 定義可能だと考えるんですよ。
こうおっしゃっていました。
それが、
> 議論に用いるAの性質は(少なくとも一つの本や理論の中では)有限個しかないのだから、
>最初に公理の形で纏めてしまって、あとから前提を追加したり、
>最初に前提しなかったAの性質を無自覚に使ってしまったりしないようにしましょうね、
こうなっている。
これは、むしろ述語を全て定義可能な理論の定義でしょう。
数学自体歴史の関数とかいわれますが、定義であれ、公理であれ、いつも完全から程遠い
状態で数学の活動はおこなわれてきたのではないですか?
> それに数学は「自分の立場を固守するゲーム」ではありません。
数学はそうかもしれない、しかし議論で扱われるときには、こういう立場(固守する)も認め
られなくてはまずいとおもいます。安易な同調では真理へのみちはないとおもうからです。
徹底して考え議論した後、相手の主張を認めるということはもちろんありえます。
> それは数学では、人によって定理の証明が正しくなったり誤りになったりはしないからです
これは同意できないです。
ワイルが小平邦彦に語った話しが小平の本に載っていました。ワイルはある証明を、彼が直観主義者
であることによって認められないから、違う証明を考えたそうです。ですから人によって定理の
証明が正しくなったり誤り(不適切)になることもありえます。
さらに言えば、計算機を使った証明を認めない立場もあります。証明の正しさの根拠は
多くの数学者の同意(多数決?)によらなくてはならないという立場からの反対です。
0349132人目の素数さん
2006/12/19(火) 01:49:51白と言っていたのを黒と言ったりはしてないですけど。
>それは実際にそうだからですか?それとも願望ですか?
あなたがこう書いたんじゃないですか。
だから、実際にそうだよ、と言っただけですけど…
>数学自体歴史の関数とかいわれますが
何が言いたいのか分かりませんが…
大体数学自体のことを歴史の函数なんて言った人なんて知りませんが。
定義の無い用語を現代の数学の理論で使うことはありません。
あるとしたら「点」とは何か?「集合」とは何か?といった無定義術語に類するものだけです。
無いものをあると強弁されても困ります。
>これは同意できないです。
排中律を認めない数学者なんてほとんどいないですよ。
数学者数千人に一人居るか居ないかくらいじゃないですかね。
直観主義はもともとBrouwerの個人的信条に基づいた特殊な思想だったのですが
現代ではほぼ絶滅しています。例外的と言って良いです。
計算機を使おうが使うまいが、人がチェックして正しいことが確認できれば
それは正しいと見做すのが普通の考え方かと。
計算機による証明の場合分けのチェックなどを認めないのは、
単に確証の程度が薄いというだけです。
つまり、未解決問題が証明されたときなどは、大抵査読者が付いて
その証明をチェックするわけですけど、もし査読者が無能な数学者だったら、
彼が証明は正しいと保証しても疑念が残りますね。
それと同じことで、立場の違いとまでは言えないと思います。
0350132人目の素数さん
2006/12/19(火) 01:56:17Cauchyの言うところの「無限小」が違うというのは良いのかな。
333とかを読む限り、Cauchyの「無限小」は数列であるとみなしてもよいが、
別なふうに考えることも出来る、というように考えてるのかな。
Cauchyだって「無限小」は自分が数列なり函数なりを使って合理化したから
敢えて昔の定義のはっきりしない曖昧な概念を使う必要は無いと思ってたはずなんだけど
なんでこの人は現代の解析の教科書でも無限小概念が用いられているとか無理な主張をするんだろう。
0351132人目の素数さん
2006/12/19(火) 04:05:21>直観主義はもともとBrouwerの個人的信条に基づいた特殊な思想だったのですが
>現代ではほぼ絶滅しています。例外的と言って良いです。
流石にこれはダウトだろう。計算機屋が怒るぞ。
0352132人目の素数さん
2006/12/19(火) 06:27:06計算機屋の考えでは、有限の立場の数学では?
直観主義とはチョッと違います
0353132人目の素数さん
2006/12/19(火) 06:59:02確立されている(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
数学では、数学的命題(論理式)がどういう条件を満たすときに
証明可能と呼ぶべきか、そのルールは確立されている。
(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
数学では、例えば数列 a(n) が実数 b に収束するとは、
次の条件を満たすことである・・・というルールは確立されている:
全ての ε>0 に対し、自然数 n(ε) が存在し、全ての n > n(ε) に対し、
| a(n) - b | < ε がなりたつ。
以上、現在の数学で認められているルールの一部です。
(そのルールが哲学者にとって正しいかどうかは別として)
>>348 の人は、これらのルールを認めないといっているだけ。
それが正しいかどうかなんて、誰にも決められない。
これらのルールを認めないのは自由で、「認めろ」と強制することは
誰にもできないが、そのかわり、ほとんどの数学関係者とは、
価値観を共有できないし、ほとんどの数学者を納得させることもできない。
0354132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:07:31Δx → 0 のときの Δx の極限は 0 になる。
これは現在認められている数学のルールに基づいて
証明可能な定理です。
これは馬鹿にする意味ではなく、単なる確認ですが、
>>348 の人には、このことを認めていただけますか?
0355132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:14:46・・・>>348 の人は、このことが正しいと主張するのであれば、
論理的な構造を明確にして、厳格な証明を与えるべき。
今のところ、そのような証明は与えられていない。
0356132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:20:53「無限小」の概念を、現在認められている
数学のルールに基づいて記述していない。
0357132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:23:51その主張の内容は、絶対に私は認めない。
なぜなら、私を納得させるだけの内容をもっていないから。
0358132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:28:21と解釈するのはその人の自由。
しかし、ほとんど全ての数学者は、そのようには解釈していない。
0359132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:42:35所詮真理とはその人にしか通用しないもの。
人によって真理は異なる。
数学では、与えられたルールの下で「証明可能」かどうかを研究している。
それが哲学者の真理にかなうかどうかは別の問題。
ルールを変えれば証明可能性が変わるのは当たり前。
しかし、自分ひとりにしか通用しないルールを振りかざしても、
誰も共感してくれない。誰も納得してくれない。
単なる自己満足。
0360132人目の素数さん
2006/12/19(火) 07:46:08それならば、議論してもしなくても、結果は同じ。
自分の立場に変化はないから。何も進展はない。
0361132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:00:06> 何が言いたいのか分かりませんが…
数学は時間発展してるんだからこれ自体は正しいんじゃないの?
たぶんこの人がいいたかったのは、数学において真理は時間の関数である、
っていう誰だったか(アティヤーだっけ?)のジョークじゃないかな。
2ちゃんで見た言葉なのでソースは知らないが。
0362132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:10:45>こういう頑固な態度では、解析学に限らず、どんな分野の本でも、
>完全な理解に達することはできないでしょう。
・・・誰の言葉でしたっけ?
0363132人目の素数さん
2006/12/19(火) 09:16:53>あれば数学も楽しめないのでは。
そんなことない。私は議論しなくても数学を楽しめる。
数学の楽しみ方は、一つでない。
0364132人目の素数さん
2006/12/19(火) 10:46:14コーシーが特定の値ではなく、変数Δxの0での極限を考えるこそ無限小と言い換えたときにすでに扱い方の質は異なる。
(その上でコーシーは微分dx,dyを比が微分係数になるものと定義し、dy/dx=f'(x)からdy=f'(x)dxを導いている。)
この2つが本質的に同じだというのなら超準解析は何もしてないことになる。
0365132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:23:52同じものならば、コーシーは何も新しいことをしていないことになるし、
コーシーの収束の定義を、現代のほとんどすべての数学者は
みな同じように曲解していることになる。
何たる偶然!!
0366132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:31:55変態哲学者がいる。有限で済むところを、なんでも
「無限」という言葉で置き換えなければ気がすまないらしい。
0367132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:34:01自分を慰める・・・よくあること。
0368132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:43:27>とあります。実はこの定義だけでなくコーシーは無限小による他の概念の定義も行って
>いるのです。それでも無限小は極限におきかえられるでしょう。そういう風にコーシーの
>理論はできているのですから。そのことは何度も言ってきたことです。
この主張を分析すると、「この変数は0を極限として持つ」とあるように、
極限は0つまり、
極限=0
一方、「無限小は極限に置き換えられる」とあるので、互いに置き換えられる対象の
同等性より、
極限=無限小
したがって、
無限小=0
0369132人目の素数さん
2006/12/19(火) 11:48:00の別証明。
恒等式
無限小=無限小
の左辺において、「無限小は極限に置き換えられる」から、
極限=無限小
いっぽう、「0を極限として持つ」から、
0=極限
したがって、
無限小=0
0370132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:03:36数学者の職場は有限ですが。「実無限」を認めても、有限は有限ですが。
そもそも実無限って、なに?私は認めていませんよ。
認める気もありませんね。非現実的ですから。
「実数の全体の集合」だって、人間の有限の脳細胞から生まれたもの。
それが何で無限に行き着くんですか?
実無限でなく、形式的に記述された、形式的無限でしょ。
0371132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:13:340372132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:18:14機会のプログラムは、自己矛盾がなければすんなり動き、
証明の正しさとは関係がない。
もちろん、機械のプログラムが、正しい証明を
与えられることの確証がえられればはなしは別。
しかし、それは無理そう。本読んで勉強したほうがまし。
0373132人目の素数さん
2006/12/19(火) 12:29:12全ては、原理的に、「∈、=、∧、∨、⇒、¬、∀、∃」という記号と、
変数を表す記号「X_1, X_2, X_3, ...」で記述される。
数学の命題(論理式)は、これらの記号の有限個の組み合わせでえられる、図形のうち特別なもの。
数学の推論または証明とは、これらの論理式の、図形としての有限回の変形規則。
ここには無限は出てこない。全てが有限回の操作で終了する。
0374132人目の素数さん
2006/12/19(火) 17:10:150375132人目の素数さん
2006/12/19(火) 18:45:31いや、直観主義論理に価値を認めてる計算機屋は多いと思うけど
実際に自分の主義として直観主義を採用してる計算機屋はあまり多くないと思うけど。
直観主義論理を研究する事と、実際に数学の証明として排中律を認めないことは別。
>>361
岩波現代文庫「怠け数学者の記」p227
小平 一度アティヤに、「基礎論に興味がありますか」ときいてみたんですよ。
そしたら、ぜんぜん興味がない、厳密性というのは時代の関数だから、そんなこと心配する必要
はないっていうんですよ。
「数学」でも「数学の真理」でも無くて「厳密性」でした。
>>373
俺も中村八束によるJordanの閉曲線定理の証明は認めないwww
0376132人目の素数さん
2006/12/19(火) 18:55:50最近、PRA(primitive recursive arithmetric) というものを知りました。
0377132人目の素数さん
2006/12/19(火) 19:02:06普通は、一番新しい「厳密性」をルールとして採用するのでは?
0378132人目の素数さん
2006/12/19(火) 19:02:400379132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:39:40このことに理解していない哲学者がいる。
0380132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:40:55厳密性だったか。
今度出典をチェックしときます。
0381132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:43:55有限の立場での証明では、ありえます。
0382132人目の素数さん
2006/12/19(火) 20:59:02数学に「逃げた」わけではない。単に哲学より数学が好きなだけ。
このスレタイは、偏見に満ちているな。
0383132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:18:03収束実数列の極限も実数だったね。
哲学者からみたら、曲解の産物なんだろうな。
0384132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:52:02哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0385132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:59:48でも、収束実数列の極限は実数だったね。
収束自体も ε-δ、ε-n で記述していたね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0386132人目の素数さん
2006/12/19(火) 21:59:590387132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:01:20訂正
○ Foundations
× Principles
0388132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:31:28実数だったね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0389132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:39:19収束実数列の極限は実数だったね。
収束の記述も ε-δ、ε-n だったね。
哲学者から見たら、曲解の産物なんだろうな。
0390132人目の素数さん
2006/12/19(火) 22:46:0503911
2006/12/20(水) 01:47:23> だから、実際にそうだよ、と言っただけですけど…
それで、その後の文をその理由付けと思ったら違う話しだったわけですか。
ということは、”実際にそうだよ”だけが定義されてない用語はないということへの
解答ということですか。
> 大体数学自体のことを歴史の函数なんて言った人なんて知りませんが。
よくいわれるのは、「”厳密性"は歴史の関数である」と「"証明”は歴史の関数である」です。
厳密性には公理、定義の完全さへの言及があります。ここまでいえば、数学自体が歴史の
関数といっていいでしょう。だれの言葉か明記しなくとも。
> 無いものをあると強弁されても困ります。
それは今意識されてないだけのことです。歴史を振り返ってみればわかること。
> 直観主義はもともとBrouwerの個人的信条に基づいた特殊な思想だったのですが
特殊な思想は言い過ぎでしょう。ヒルベルトもおおきな影響をかんじていたのだから。
排中律はともかくとして、直観主義の主要な考え方に同意する数学者は多いとおもいます。
それに形式主義も論理主義も下火になってしまったでしょう。みな数学的直観が大事だと
思っているのでは。
> 計算機を使おうが使うまいが、人がチェックして正しいことが確認できれば
ほとんどチェックできない証明ばかりではないですか。取るに足らない、計算機を使う必要も
ない証明をべつにして。
>もし査読者が無能な数学者だったら、
だから複数の査読が必要なんです。もし査読者が有能でも、証明者と同じ党派に属していたら
これも信用できないです。
0392132人目の素数さん
2006/12/20(水) 01:50:14>>383-384
> 収束実数列の極限も実数だったね。
極限が実数であるのはあたりまえでしょう。無限小もコーシーの定義で”0(実数)を
極限にもつ”とあります。
>>390
> 俺は数学は大学でも学ぶが、哲学は独学のみ。
わたしはどちらも独学。
0393132人目の素数さん
2006/12/20(水) 02:02:54> 数学者の職場は有限ですが。「実無限」を認めても、有限は有限ですが。
'実無限’を扱っている数学分野が結構あるので、それがぽしゃると困るわけです。
> 認める気もありませんね。非現実的ですから。
えらい。信念の人ですね。ユークリッドの原論に公理として「部分は全体より小」という
のが出てくるのですが、’実無限’は当然この公理に反しているわけです。
だから’実無限’に関して論理的に奇妙な結果がでてくることは当然考えられます。
そのときは例によって、小手先のテクニックを駆使して当面の難局を乗り切るのが
数学のいつもの歴史です。
0394132人目の素数さん
2006/12/20(水) 02:09:27> それならば、議論してもしなくても、結果は同じ。
>自分の立場に変化はないから。何も進展はない。
固守できなくなったら、そこで負けです。それまで固守するということです。
徹底して守ることによって認識は深まるのです。
わたしへのレスでご返事できないのがありますが、頭が痛いのでごめんなさい。
0395132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:07:38>それがぽしゃると困るわけです
具体的に、どの分野かお教え願えますか?
私は浅学で知らないので。
0396132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:18:27人間が認識できる概念は、あくまで有限。
実際、実数全体の集合 R が無限であるという 性質 も、たとえば、
( ∃f:N → R ) ( ∀x, y ∈ N ) ( f (x) = f(y) ⇒ x = y )
という一つの論理式 ( 記号の有限系列 ) で表現される。
(すでに自然数の全体 N が記号の有限系列で表現されていれば)
数学の全ては、このように、記号(図形)の有限系列で
表現できるし、じっさいに、人間は、
本質的には数学をこういう風に認識してきた。
0397132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:31:31>えらい。信念の人ですね。
あなたも相当強固な信念をお持ちのようですね。
0398132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:41:09>徹底して守ることによって認識は深まるのです。
私はそうは思わない。わたしは自分の新しい考えが正しいかどうかは、
徹底的に疑ってみて、疑う余地がなくなって初めて無矛盾
であろう、と認める。
特に、
>固守できなくなったら、そこで負けです。
という考えには、賛同できない。数学に限って言えば、
数学は勝ち負けを決める競技ではないから。
一定のルールに従って、正しいかどうかを研究する学問です。
0399132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:42:55>頭が痛いのでごめんなさい。
体調がお悪いのですか?お大事にしてください。
0400132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:48:48私は数学は独学だが、全ての定理の証明をチェックしてきました。
0401132人目の素数さん
2006/12/20(水) 03:53:05>無限小もコーシーの定義で”0(実数)を
>極限にもつ”とあります。
だから、無限小=0 です。>>368、 >>369
の人が指摘しているように。
恒等式
無限小=無限小
の左辺において、「無限小は極限に置き換えられる」から、
極限=無限小
いっぽう、「0を極限として持つ」から、
0=極限
したがって、
無限小=0
0402400
2006/12/20(水) 04:01:53>全ての定理を
は、
>自分が勉強した全ての定理を
です。もちろん、ジョルダンの閉曲線定理も含みますw
0403132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:00:20>これも信用できないです。
党派って、数学界にもあるんですか?学派のこと?
査読者(レフリー)は、数学の論文では、
通常、第三者の立場の人が、割り当てられます。
まあ、何でも疑ってかかるのは自由ですが。
それよりも、自分の考えが正しいかどうか、まず自分を疑うのが
数学者のやることだと私は思います。
自分を守る・・・といえば聞こえは良いですが、
ご自分を甘やかすことのないようにしたほうが良いですね。
0404132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:12:56単なるあなたの思い込みです。
現在活躍中の数学者では、具体的に誰と誰が同意してるのですか?
一般的な working mathematician(≒基礎論以外の数学者)は直感主義をとっていません。
0405132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:20:15これは >>404 の人が正しい。
基礎論の分野でも、昔、竹内外史が、Alfred Tarski に、
「直観主義をどう思うか」
と尋ねたところ、
「Philothophically weak and mathemathically ugly」
という答えが返ってきたそうです。
0406132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:28:17旧日本軍みたい。
0407132人目の素数さん
2006/12/20(水) 08:50:43ばーか♪
0408132人目の素数さん
2006/12/20(水) 09:11:400409132人目の素数さん
2006/12/20(水) 09:55:30工学にいった。
今、思えば大正解だったと思う。
数学は異次元
0410132人目の素数さん
2006/12/20(水) 10:06:180411132人目の素数さん
2006/12/20(水) 11:46:35数学(の一部、ガロア理論と実解析とかだっけ?)を独学したと主張しているけど、
定義や用語を思い込みだけで自分勝手に解釈しはじめたら、数学じゃなくなるよ。
彼の中には何か自分で語感?から思い込んだ、特有の「オレ様定義」を生み出して、
それに固執する傾向がある。
そして、その「オレ様定義」の反例などを挙げられると「負けた」と考えちゃうんだね。
「オレ様定義」というか、イメージを持つことは大切だけど、
適切に修正していけないのは(数学を勉強する上で)害悪でしかない。
他の人(“偉い人”が多い)の発言を引用するときも、「オレ様解釈」で都合のいいところだけ
引用してしまう傾向が強い。
タイプとしてはトンデモ系の人で、
何度説明しても(その人が証明したと主張する)証明が間違っていることを認められない人に
似ているような気がしてきた。
0412132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:03:20数学者もいたしね。
数学界では誰からも相手にされていませんが。
0413132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:12:00>そのときは例によって、小手先のテクニックを駆使して当面の難局を乗り切るのが
>数学のいつもの歴史です。
小手先のテクニックで難局を乗り切れれば、それに越したことはない。
最初から実無限を認めなければ、そんな面倒なことをしなくても良い。
私は、あくまで形式的無限で押し通すつもり。
実無限など、現実的にあり得ない。
0414132人目の素数さん
2006/12/20(水) 12:26:470415132人目の素数さん
2006/12/20(水) 14:09:590416132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:07:030417132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:37:47>しかし、たれか問うものに説明しようとすると、わたしは知らない
興味深い文章です。つまり、
「時間とは何であるのか、誰も私に尋ねなければ、
私は知っている気でいられる。
しかし、誰かから質問されて説明しようとすると、
説明できなくて、実は知らないことに気づかされる」
と言うのが正確な意味でしょう。
0418132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:40:150419132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:43:30たぶん今回も「直観主義」という名前に何やら幻想を見てしまったのだろう。
0420132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:46:110421132人目の素数さん
2006/12/20(水) 15:50:08>ない証明をべつにして。
普通証明は、数学者が頭で考えたり紙に書いて行います。
計算機が使われるのは、定理の数から言って、まれですし、
使われると言っても人間が主役で機械は脇役です。
さらに、機械は証明を考える能力を持っていません。
そして、ジョルダンの曲線定理は、機械での証明検証プログラムを作るのに
10年以上かかっています。
本を読んで自分の頭で確認すれば、基礎からやっても3〜4年ですみますよ。
0422132人目の素数さん
2006/12/20(水) 18:17:55>取るに足らない、計算機を使う必要もない証明をべつにして
つまり、この人がチェックできる証明は、取るに足らない証明だけ。
ほとんどの難しい証明は、チェックできてない。
0424132人目の素数さん
2006/12/20(水) 22:17:55「直観主義の主要な考え方に同意する数学者は多いとおもいます。 ...
みな数学的直観が大事だと思っているのでは。 」
だからな。
まさに字面の解釈だ。
0425132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:01:09理解や共感を示すのは難しい。
そういう文脈なら「哲学を理解できないものが数学や物理を勉強する」は正しいなww。
0426132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:13:24このスレで暴れているやつはまさに「哲学を理解できない馬鹿が、数学や物理に逃げ」たタイプだろう。
0427132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:20:200428132人目の素数さん
2006/12/20(水) 23:50:120429132人目の素数さん
2006/12/21(木) 00:47:47「形式的無限」云々は、基礎論かぶれの僕です。
哲学者ではありません。
0430132人目の素数さん
2006/12/21(木) 01:12:57途中からは中学生が書いたみたいな恋愛小説がメインになってたしな。
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