>>321
> それこそ言い逃れ。
Δxは変数だと書いてあり、Δx→0の極限を取っているのだから
変数の極限を取っているだけ。
これはもうトートロジー。

それからΔxが無限小というのは解析概論の文脈では明らかに誤り。
Δxが変数であることは明記してあり、この段階で変数のとりうる値は実数である。
実数は第一章で明確に定義されており、無限小は実数の集合に含まれない。
もっともあんたは無限小を明確に定義していない(したくない?)ようだが、
実数の集合に含まれないことは認めてよさそうなので論理的に間違っている。

> しかし、厳然として無限小という概念は存在しているわけです。
厳然とではなく、存在すると思ってもいいという程度。
無限小は極限で定義され、しかも極限を使えば無限小を使わなくても無限小解析が展開できる。

> しかしコーシーはそう考えなかった。なぜでしょう。
> それは排除しても、解析学のそこかしこに無限小の概念が見え隠れしてしまうからです。
違う。
極限操作に置き換えたときに見え隠れするのは実数の連続性の問題で、これはコーシーより後の時代に合理化された。
この辺の事情を知っていればコーシーと高木貞治を同列に論じることはできないのだが・・・