>>317
> つまり変数の極限をとっているだけ。
それこそ言い逃れ。

> 極限によって無限小を定義できるのだから、無限小の論理的基礎は極限操作に在ることになる。
しかし、厳然として無限小という概念は存在しているわけです。

> つまり無限小は慣用表現としての存在意義は別として論理的には排除できる概念となった。
排除しようとおもえばできるでしょう。しかしコーシーはそう考えなかった。なぜでしょう。
それは排除しても、解析学のそこかしこに無限小の概念が見え隠れしてしまうからです。