>>107
ラッセル卿こそ、数学の失楽園、アダムとイブの楽園追放の立役者です。

なんのこと?

つまり、ラッセル卿が”ラッセルのパラドックス”を示したことにより、
数学者が天上の楽園から追放されてしまったということです。

ラッセルのパラドックス以前は、数学的言辞は神の恩寵
によって矛盾することはない、とおもわれていたのです。
カントルの集合論の宣言も、実に玲瓏の響きをもって語られています。
数学的言辞に一片の疑念もなかったのでしょう。

カントルは、実無限の思想を批判されたとき、実無限の観念こそ
神の顕現だと主張したのです。
カントルにとって数学の根拠は、神学にあったのです。

ラッセルのパラドックスによって、数学者は茨の道を歩くことになりました。
普遍的な真理という錦の御旗もおろさなくてはならなくなり
いつ矛盾が再来するか怯えなくてはならなくなりました。(鈍い人は別)

しかし、ラッセルのパラドックスによって、数学基礎論という新しい
数学分野が開かれ、数学者の職場が広がったのですから慶賀すべき面も
あったわけです。