>(b)no。好みの問題ではなくてそれぞれの公理系の取り方の
>メリット、デメリットを勘案して一つの公理系を選択すると定まる事項です。
>好みの問題ではありません。前スレ990とかでも説明しましたが。

「メリット、デメリットを勘案して一つの公理系を選択する」
それを日本語では「好み」と言うのです。
必然的にその公理系が「選択された」わけではないでしょ?
勘案して「選択した」んでしょ?
それを好みと言うんですよ。


>(c)no。前者の文と後者の文は意味が違います。
>その公理の定め方は別に好きでも何でもないけど
>一番ポピュラーだから、とか証明の長さを短くするためとかで
>ある公理系を選ぶ事もあります。
>「何々は定理である」は厳密に言うと「これこれの公理系の下では何々は定理である」
>であって誰かの好みとかを述べた文章じゃありません。

「これこれの公理系の下では何々は定理である」
まさしくそうでしょう。
そしてその公理系を選んだのはあなたなのです。
この公理系を採用する「べき」
と思ったのはあなたなのです。
この公理系「である」
ではないのです。
be動詞ではなくshouldなのです。
すなわち好みです。

しかし踏絵を踏む人が少ないですね。