【定理?】負×負=正【定義?】
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0001ストライクフリーダム
2006/11/04(土) 23:55:040002はじめての2ゲッツ
2006/11/05(日) 01:58:07通常の計算法則が負の数についても成り立つことを認めれば、そうなってなくてはならない
だから定理
0=((+1)+(-1))*((+1)-(-1))=(+1)*(+1)-(-1)*(-1)
0003ストライクフリーダム
2006/11/05(日) 05:55:20分配法則から導かれた定理なのか、
分配法則を成り立たせる為の定義なのか
が問題になっているのです。
>通常の計算法則が負の数についても成り立つことを認めれば、そうなってなくてはならない
>だから定理
の文章を
通常の計算法則が負の数についても成り立つことを認めれば、そうなってなくてはならない
だから「定義」
と変えても文章としては成り立ってますよね。
つまり>>2さんの説明では説明になってないと思うのですが。。。
0004132人目の素数さん
2006/11/05(日) 06:31:51だいたい整数みたいな直観的に明らかな対象に対して
定義も糞もねえよ、という話なんですが。
日本の中学生用の数学教科書では定義っぽい扱いをしてるかな。
「〜が成り立つことを認めるのなら、そうなってなくてはならない」
という場合は一般にどっちでも良い場合が多いかと。
ただ、この場合はどっちからスタートしても同じですが、
「〜が成り立つことを認めるのなら、そうなってなくてはならない」と
「そうなっているなら、〜が成り立つ」
の二つで証明の難易度が全然違ったり、そもそも片方が言えないこともあるので
そういう場合は必然的に定義か定理かは決まっちゃいますね。
>>1は、定理か定義かどっちか片方しか認めてはいかんと考えてるんですか?
0005132人目の素数さん
2006/11/05(日) 08:03:00あんたが整数とその上の乗算をどう定義しているかによる。
よくある「整数とその上の乗算」の定義は
・整数は自然数に加算に関する逆元を添加したものである。
・整数上に乗算を結合則、分配則を満たすように拡張する。
というものだから、(-1)×(-1)=1 は定理。
一方、例えば他の定義として
・整数は自然数に加算に関する逆元を添加したものである。
・整数上に乗算を結合則、可換則、(-1)×(-1)=1 を満たすように拡張する。
を採用したのであれば (-1)×(-1)=1 は定義。
0006132人目の素数さん
2006/11/05(日) 08:26:37とか言ってスレ立てないだろうかw
これとほとんど同じっしょ
0007132人目の素数さん
2006/11/05(日) 12:53:52要するに前スレでは、書き方が不味かったから煽られただけ。
それを自覚して丁寧に論議セヨ。>>1
0008132人目の素数さん
2006/11/05(日) 15:25:40歴史的にどっちが先だったかという議論は有用だと思うが。
0009はじめての2ゲッツ
2006/11/05(日) 17:41:13連続性の公理に選んでもいいってことだろうと思う。その透りで、この場合も好みとか歴史の問題。
初心者への解説ならこっちのほうがわかりやすいと思って書いただけ
0010132人目の素数さん
2006/11/05(日) 21:55:411+1=2は定理ですか?公理ですか?
とか
0011132人目の素数さん
2006/11/05(日) 22:22:20だからこそ、この部分の哲学的論議を数学教育で一切触れていないってことが
如実にわかる事項だよな。
数学者は口頭だけで伝授してたのかいな?だとしたら、数学はある意味独学
不可能?
0012132人目の素数さん
2006/11/05(日) 22:45:08数学教育は数学の教育、哲学の教育じゃないだろ。
乙。
0013132人目の素数さん
2006/11/05(日) 22:47:40規約ですか?論理的帰結ですか?ってことかいな。
大昔は兎も角、今の数学者はそういうことは考えないと思うよ。
どっちでもいいんじゃない?って人がほとんどかと。
0014132人目の素数さん
2006/11/05(日) 22:54:36> -×-=+は定理なのだろうか定義なのだろうか
(-1)x(-1) = 1 が 『 可換環の公理系 』 から導かれますので 『 定理 』 です。
0015132人目の素数さん
2006/11/05(日) 23:16:34定理でしたか。
0016132人目の素数さん
2006/11/05(日) 23:25:06数学の教育たって、今の日本の教育じゃ延々先に進むんだけど、応用数学は
下に見られる傾向にあるからw
立ち戻って数学の意味を考えるが必要なんじゃないの?それをやらないから、この
数学板に多数見られウンザリさせられるようなモノが延々と…。
Wikiにも「数学哲学」って項目…英語もドイツ語もフランス語も中国語もあるんだけど
日本語に項目が無いってのが何かを暗示しているかもなw
0017ストライクフリーダム
2006/11/05(日) 23:29:42>問題は、その様な数学が何かの役に立ったり、それ自身が美しかったり、
>他の方面への広がりを見せたりするか否かで、値打ちが決まる。
>それが数学でいう約束、即ち定義の正体なのである。
>この場合には、結果を「プラス」と決めるのが「美しい」のである。
この「虚数の情緒」という本、本屋で立ち読みしてきました。
確かにそう書いてありました。
あるひとは定理といい、ある人は定義という。
ということは前スレで「定理と定義の交換可能性」を言っていた人の意見が
結局は正しかったということになるのでしょうか?
0018ストライクフリーダム
2006/11/05(日) 23:30:52>たとえば、三辺の長さが等しい三角形を正三角形と定義すれば
>正三角形の角は全て等しい、というのは定理になるし
>角が全て等しい三角形を正三角形と定義すれば
>正三角形の三辺は全て等しい、というのは定理になる。
がすべてを物語っている、ということになるのでしょうか?
0019132人目の素数さん
2006/11/05(日) 23:52:52普通は数理哲学って言うような
0020132人目の素数さん
2006/11/06(月) 12:14:25http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1140269499/
前スレ
0021132人目の素数さん
2006/11/06(月) 12:19:23自然数>正の有理数(分数・小数)>正の実数(ものの長さの表現程度の意味)
と進む。
自然数で既に分配則が成り立っている(もっと言えば分配則は掛け算の定義を式で書いたもの)。
だから自然数での掛け算を負の数にも拡張する、というのであれば、分配則が先にくる。
一方で、正の実数でのグラフを負にまで拡張したと考えた場合は、
負×負=正が視覚的に分かりやすい。
0022132人目の素数さん
2006/11/06(月) 22:32:13それは後付けだろ。
自然数で成り立っていた分配則が、偶然整数で構成してみた加法と乗法でも成り立っていた
から、それを使っているだけ。
0023ストライクフリーダム
2006/11/07(火) 05:51:13>>>1は、定理か定義かどっちか片方しか認めてはいかんと考えてるんですか?
いえ、どちらにもなりうると思ってます。
ところで
「定理である」と言っている人は「絶対に定理であって、絶対に定義ではない」
「定義である」と言っている人は「絶対に定義であって、絶対に定理ではない」
という立場なのでしょうか?
だとするなら
>>18で引用した三角形の例はいったい、なんなのでしょうか。
0024132人目の素数さん
2006/11/07(火) 06:31:19その理屈からすると、分配則が成り立たない演算でも別に構わないって事だよな?
自然数の掛け算の拡張でそんな演算はいくらでも作れるけど、
なんでそっちを使わないの?
0025132人目の素数さん
2006/11/07(火) 07:53:33現実とそぐわないから。
0026132人目の素数さん
2006/11/07(火) 13:50:21どうせ言うなら「自然が分配則を欲していた」とか言えよw
0027132人目の素数さん
2006/11/07(火) 16:11:00> 自然数で成り立っていた分配則が、偶然整数で構成してみた加法と乗法でも成り立っていた
そうかなあ? 自然数からGrothendieck Ringを構成して有理整数にした気がするんだが?
0028132人目の素数さん
2006/11/07(火) 18:09:28西洋的表現だな。日本語的には「〜の状態である」って表現でOKだろ。
意志があるわけでもないしな。
>>27
根拠は?
0029132人目の素数さん
2006/11/07(火) 22:45:26> 根拠は?
自然数を拡張して常に除算が出来るようにしたい、乗算も矛盾がないように。
と考えたら当然の帰結だろう。
0030132人目の素数さん
2006/11/07(火) 22:57:01> ということは前スレで「定理と定義の交換可能性」を言っていた人の意見が
> 結局は正しかったということになるのでしょうか?
あれは意見というよりも妄想に近い数学観の表明。
要するに言っていた事は、
数学の命題はトートロジーの連鎖であり、
どれを定義にしても数学を組み立てることが出来る、
というような話だった。
003129
2006/11/07(火) 23:15:58除算 ⇒ 減算
0032132人目の素数さん
2006/11/07(火) 23:33:57いろいろやってみると、捨て去るのが現実的だからだろ。
法則の保存云々は後付け。
0033132人目の素数さん
2006/11/07(火) 23:43:400034132人目の素数さん
2006/11/07(火) 23:47:34だからー。現実に対応させて考えるとプラスとする方が妥当性があるから。
つーか、負×負の身近な事例を自分で構成できるか?意外に難しいぞ。
0035132人目の素数さん
2006/11/08(水) 02:21:27例えばサイコロを振って奇数の目が出れば+1点偶数の目が出れば−1点で2人で2回ふって合計点数を競うというゲームをするとする。
Aさんは2回とも−1が出たとすると、サイコロを振る回数の「−」は過去を意味するので、
2回ふる前の過去は現実に対して+2点ということになる。よって(−1)×(−2)=2となる。
0036はぐれこばるといおん ◆cobaltUyP2
2006/11/08(水) 03:38:55-1をかけるということは、数直線を180°ひっくりかえすこと。
虚数単位iをかけることは、左回りに90°回転させること。
その他の細々したことは、ご自分で複素平面を学んでください。
高校の教科書にもある程度載っているはずです。
0037132人目の素数さん
2006/11/08(水) 04:39:19その妥当性の一例として、比例グラフの拡張を出したつもりなんだが。
0038132人目の素数さん
2006/11/08(水) 05:56:13その程度自分で思いつけろよ。
0039132人目の素数さん
2006/11/08(水) 15:47:15なにを捨ててよいか、なにを捨ててはいけないか、
ということをよく考えれば分かるとおもうよ。
0040132人目の素数さん
2006/11/08(水) 16:26:42虚数乗なんてもっと難しい。いまだにいい事例を知らない。
だから虚数乗が「理解」できずに身悶え続ける今井弘一を
心の底から笑うことができない。
多分、心の底から笑う奴こそ真の馬鹿だろう。
結論:トンデモにも一分の理
0041132人目の素数さん
2006/11/08(水) 16:30:11虚数乗の大義名分は何だろうか?
exp(x)のベキ級数展開か?
0042132人目の素数さん
2006/11/08(水) 16:51:30>虚数単位iをかけることは、左回りに90°回転させること。
このようにいう人たちも、実際に
lim(dx→0) (i^dx-1)/dx=(π/2)i
になると聞くと「おおっ」とたまげる。
回転なんて所詮方便だと思ってたのが
実はそうではなかったと気づかされるから。
教訓:人の自由意志も所詮は神の決定したもの
0043132人目の素数さん
2006/11/08(水) 20:20:17その手は使えなくなったな。というか、複素平面があの時単発だったのか。
0044132人目の素数さん
2006/11/09(木) 19:14:55複素数平面は60年代後半−70年代初頭にもやっていたようだね。いわゆる
スプートニックショック世代。
0045132人目の素数さん
2006/11/09(木) 19:21:50高校物理でキルヒホッフの法則やトランジスタを教えてた頃か。
753どころじゃなかっただろうなw
0046132人目の素数さん
2006/11/10(金) 00:54:32そう。当時の数学レベルの異様な高さは語りぐさ。
↓は当時NHKの「みんなのうた」で放映された「算数ちゃちゃちゃ」だ。
http://omotopi.blog65.fc2.com/blog-entry-465.html
これで、中学レベル。解放が何か標準的じゃなくて異様にテクニカルなのが
気になるが。
0047132人目の素数さん
2006/11/10(金) 11:56:53ちょっと調べてみたが、三角関数を中学校で扱ってるのは昭和33年告示分だな。
複利計算なんてのもある。
昭和44年告示分は集合のような基礎概念をねじ込んだお蔭で、
逆に実務的具体的な題材が外されてるわ。さすが「現代化カリキュラム」www
で、キルヒホッフは高校じゃなくて中学校だったorz
0048132人目の素数さん
2006/11/10(金) 12:56:17もっとも生徒のレベルはそう高くない。
要するに生徒のオツムの容量以上は入らない(w
0049132人目の素数さん
2006/11/10(金) 13:00:25でも肝心の無限集合は教えない。
到達不可能基数もコンパクト基数も可測基数も教えないなんて(をひ
0050132人目の素数さん
2006/11/10(金) 22:43:382が自然数の集合の要素として定義されるのなら
2=1+1は2の定義だろ。
自然数は帰納的に定義されてるんだから。
0051132人目の素数さん
2006/11/10(金) 23:00:55a^0が群環体じゃないということなんでしょうか?
0052132人目の素数さん
2006/11/10(金) 23:02:42「a^0が群環体である」とは?
0053132人目の素数さん
2006/11/10(金) 23:05:07帰納的な定義の仕方もある、という程度の言い方のほうが穏便かもな。
0054132人目の素数さん
2006/11/10(金) 23:09:52「次の数」を与える演算と「・+1」は結果的には一致するが、
定義の段階では別物としてスタートするかもしれないので。
0055132人目の素数さん
2006/11/10(金) 23:19:130056132人目の素数さん
2006/11/11(土) 12:28:45自然数乗は自然に定義出来るとして、
整数や有理数、実数への拡張は(a^x)×(a^y)=a^(x+y)を保存する拡張で、
そうなるように定義したってとこだろ。
>>27
引き算が閉じるように整数を構成した、というのであれば、
今ででいう「Grothendieck Ringからの構成」と結果的に同じ事をやった事になるな。
0057132人目の素数さん
2006/11/15(水) 03:40:45例えば
-1(5+(-1))=-4
左辺を分配法則で展開すると
-5+(-1)(-1)=-4
右辺と左辺が同じになるためには(-1)(-1)=+1であることが必要だ。
だから
任意の実数で分配法則を成り立たせる為に(-1)(-1)=+1と定義した
という説明でとくに間違いは無い。
一方、任意の実数で分配法則がすでに成り立っているものとしてしまう。
つまり分配法則は公理として無条件に認めてしまおうと言うものだ。
その立場に立つと
(-1)(-1)=+1は定理として導かれる。
つまり
「分配法則は任意の実数で成り立つ」と、公理の段階ではまだ断定しない
と言う立場に立つのであれば(-1)(-1)=+1は定義ということになる。
「分配法則は任意の実数で成り立つ」と、公理の段階で断定してしまう
という立場に立つのであれば(-1)(-1)=+1は定理ということになる。
任意の実数で分配法則が成り立つと断定するか、断定しないか
によって(-1)(-1)=+1が定理になるか定義になるかが決まる。
0058132人目の素数さん
2006/11/15(水) 22:25:09(-1)(-1)=+1は定義式です。
定義式とは
左辺が未定義用語、右辺が既定義用語、それをイコールで結んだものです。
(-1)(-1)を既定義用語と見るならば
(-1)(-1)=+1は定理式です。
定理式とは
左辺も右辺も既定義用語です。
0059132人目の素数さん
2006/11/15(水) 22:54:300060132人目の素数さん
2006/11/16(木) 21:50:08>a^0=1
これは左辺は未定義用語なんですよ。だから定義式なんです。
しかしある式が定義式か定理式かを見分ける方法を正直言って私は知りません。
(-1)(-1)=+1
の左辺が未定義用語なのか既定義用語なのか、よくわかりません。
まず最初に正の数というものから数学を構築していき、そして負の数というものに
その範囲を広げていった場合、
(-1)(-1)というものは未定義用語でしょう。
だとするなら(-1)(-1)=+1は定義式でしょう。
しかし、正から負へ拡張する方法で数学を構築するのではなく
正も負ももともとあるという前提のもとで数学を構築するのであれば
(-1)(-1)は既定義用語でしょう。
その場合、(-1)(-1)=+1は定理式ということになるでしょう。
0061132人目の素数さん
2006/11/17(金) 22:49:28前スレの定義と定理の交換可能性の提唱者です。
>>60さんの数学観と私のそれは近いと感じました。
何が定理で何が定義かは人によって違うものなのだと思います。
別に、フェルマーの最終定理を公理にしてもいいと思ってます。
ある命題が定理と言われている。
それを定義にして数学を組み立てても良いし
それを公理にして数学を組み立てても良い
と私の数学的直感力が僕にそう感じさせております。
0062132人目の素数さん
2006/11/17(金) 23:00:45フェルマーの最終定理を公理にした場合、その公理が矛盾していないことの 証明が必要。
0063132人目の素数さん
2006/11/17(金) 23:02:24あなたの直感が狂っていると殆どの人の直感が告げていたと思います。
0064132人目の素数さん
2006/11/17(金) 23:14:26とりあえず一人称をそろえろ。
0065132人目の素数さん
2006/11/17(金) 23:44:28(-1)*(-1)全体で一つの無定義述語としてみるのはほとんど無理かと。
(-1)*(-1)以外の掛け算( 2*(-5) とか 3*4 とか)は扱わない、という方針ならまた別だけど
そんなん掛け算じゃないし。
定義式だとか定理式だとかが>>58が勝手に独自に定義した
専門用語なら話は別なのかもしれないけどね。
0066132人目の素数さん
2006/11/17(金) 23:50:50同値変形で無いような導出はありえない、とか言ってた人でしょ。
これは端的に間違いですよ。
負の数×負の数
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1140269499/より
231 名前:132人目の素数さん[age] 投稿日:2006/08/15(火) 23:52:52
公理と定義が出発点だとするなら、定理はゴールなわけです。
では
定理と公理を出発点にするなら、定義がゴールになりませんか?
数学は必要十分条件で論理を進めていきます。
ですので、出発点からゴールまで論理を進めることが出来たのであれば
ゴールから出発点に論理を進めることもできるはずです。
何故なら必要十分条件なのですから。
この考えのどこがおかしいのでしょうか?
243 名前:132人目の素数さん[age] 投稿日:2006/08/16(水) 13:35:24
>>242
そうですか。
では
「ある定理と交換可能な定義が必ず存在する」
にします。
でもこれって当たり前のことのような気がします。
何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。
どうでしょうか?
0067132人目の素数さん
2006/11/18(土) 00:00:540068132人目の素数さん
2006/11/18(土) 00:22:53論理学を少しでも囓れば如何に自分が無知か、恥ずかしくて書き込みも出来なくなるだろうに。
0069132人目の素数さん
2006/11/18(土) 00:28:09>数学は必要十分条件で論理を進めていきます。
>何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。
ここらへんから察するに高校数学よりも高度な数学には触れた事無いんじゃないかと。
0070132人目の素数さん
2006/11/18(土) 00:43:130071132人目の素数さん
2006/11/18(土) 12:11:14前スレでは明快な答えは得られないようでしたのでよろしく。
可換群Aがあります。記法を+とし、任意の元aに対しその逆元を-aで表すことにします。
集合Aにもう一つの演算*を定義しようと思っていますが、
任意の元a,bに対し(-a)*(-b)=abとなっていて欲しいのです。
もし、それがみたされているなら、演算+と*の間にはどんな関係があるといえるか
明らかにしていただけないでしょうか。
提唱者様に相応しく、できるだけ一般に答えてください。
或いは研究の道筋だけでも結構でございますよ。
0072132人目の素数さん
2006/11/18(土) 12:21:07まず「提唱者様」には可換群がわからないと思われ。>>69
それと細かい部分でのツッコミ
>任意の元a,bに対し(-a)*(-b)=abとなっていて欲しいのです
これは(-a)*(-b)=a*bと書かなければいけませんな
007371
2006/11/18(土) 12:44:44> >任意の元a,bに対し(-a)*(-b)=abとなっていて欲しいのです
> これは(-a)*(-b)=a*bと書かなければいけませんな
仰る通り m_o_m
0074132人目の素数さん
2006/11/18(土) 13:11:48順序環の2つの負数の積は正数である。
0075132人目の素数さん
2006/11/18(土) 14:49:35それが何か?
0076132人目の素数さん
2006/11/18(土) 19:04:05まず、私に質問する場合には「自分がどういう立場を取っているのか」
を明らかにしてください。
でないと適切なアドバイスができない場合がありますので。
「自分がどういう立場を取っているのか」
とは具体的には
(a)-*-=+は定理である
(b)-*-=+は定義である
(c)-*-=+は定理でも定義でもよい
一体この人はどの立場を取っている人なのかを念頭におきながら出ないと
その人に最適な解説ができませんので。
0077132人目の素数さん
2006/11/18(土) 19:10:260078132人目の素数さん
2006/11/18(土) 20:05:11インチキ祈祷師が使う典型はなしだ。
007960
2006/11/18(土) 23:09:44>関数記号-とか*を無定義述語として導入するならまだわかるけど
>(-1)*(-1)全体で一つの無定義述語としてみるのはほとんど無理かと。
無定義述語とは無定義用語と同じ意味でしょうか?
例えば行列の積A*Bはもともとは無定義用語だったのではないでしょうか?
無定義用語だったから、その計算方法を定義しなければならなかったのではないのでしょうか?
(縦と横を掛けて足す方法のことです)
A*B全体で一つの無定義用語だったからこそ人間が定義する必要があったのです。
0080132人目の素数さん
2006/11/18(土) 23:37:530081132人目の素数さん
2006/11/19(日) 00:29:55いやそもそも無定義用語ってどういう意味でしょうか。
まだ定義されてない用語、これから定義する用語、という意味で
あなたがオリジナルに作った用語ですか?
無定義術語というのは簡潔に言うと理論の構成上原理的に
公理をもってしか定義されえない述語記号、関数記号etc.のことです。
単にまだ定義されてないということではありません。
例えばユークリッド幾何学における「直線」「点」「平面」「交わる」などの用語がそうです。
「直線」「点」といった用語自体が意味を持たないからこそ、
射影幾何学で双対原理が成り立ったりするわけです。お分かりでしょうか。
0082132人目の素数さん
2006/11/19(日) 00:34:350083132人目の素数さん
2006/11/19(日) 00:39:39(c)立場によってどちらもありうる。
さて質問ですが、前スレに
「数学は必要十分条件で論理を進めていきます。」
「何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。」
と言って逆が成り立たないような演繹は全く認めない方がいらっしゃったのですが、
数学ではそういう定理は扱ってはいけないのでしょうか?
「逆は必ずしも真ならず」とよく言われますが、
この格言は論理学に限った話で、数学では成り立たないのでしょうか。
具体例を挙げると、pに関する次の二つの性質に関して
(あ)pは素数である。
(い)pの倍数でないような任意の整数aに対して、a^(p-1)をpで割った余りは1になる。
(あ)から(い)が従う、という有名な定理がありますが、
(い)から(あ)は導けないことが知られています。一番小さい反例は三桁の数です。
これは数学の定理ではないのですか?
>(あ)から(い)が従う、という有名な定理がありますが、
>(い)から(あ)は導けないことが知られています。一番小さい反例は三桁の数です。
>これは数学の定理ではないのですか?
の最後の行の「これ」というのがどういう命題なのかはっきりさせて考えてみよう!
0085132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:27:20>>84なんて回答にもなってないぞ
0086132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:35:390087132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:42:11定理だろ・・・常識的に考えて・・・
0088132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:43:18「これ」ってのは「(あ)ならば(い)」という命題です。
ところで>>84は「提唱」者の方ですか?
考えてみようとか言われても困るのですが……
0089132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:45:41逆が成り立たないなら
>数学は必要十分条件で論理を進めていきます。
>何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。
>ゴールから出発点に論理を進めることもできるはずです。
に反します。
従って「提唱」者さんのアドバイスに拠って考えれば
数学の定理じゃなくなるような気がします。
0090132人目の素数さん
2006/11/19(日) 01:47:19それは単に
>数学は必要十分条件で論理を進めていきます。
>何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。
>ゴールから出発点に論理を進めることもできるはずです。
が偽なだけ
漏れは「提唱者」ではないよ。
簡素な答えとしては>>90で十分なわけだが、>>83に根本的な誤解があるようだったので、
>>84で、自分が問題にしている命題は何かを意識させることで、>>83の注意を喚起しようと思ったのだった。
つまり、>>83は、「い⇒あ」が成り立たないということを気にしているけど、それは今回考えている問題には関係ないでしょ、ということ。
「数学は必要十分条件で論理を進めていきます。」
「何故なら必要十分条件で論理を進めるのが数学だからです。」
と言って逆が成り立たないような演繹は全く認めない方
のことをA氏と呼ぶことにしよう。
A氏の主張は実際には間違っているわけだが、A氏の主張に従う場合に問題になってくるのは、
「公理⇒(あ⇒い)」が成り立ち、「(あ⇒い)⇒公理」が成り立たないが、「あ⇒い」は定理といっていいのかどうか、ということだ。
だから、(い⇒あ)が成り立つとか成り立たないとか、そもそも関係ない。
しかし、>>83は、(い⇒あ)が成り立たないということを気にしていた。
じゃあ何で>>83が(い⇒あ)が成り立たない、ということを気にしていたかといえば、
>>83が「A氏の主張を受け入れたとすると問題になる」と思っていた点は、
『「あ⇒い」が片向きの矢印であって、「あ⇔い」でないこと』だったからだと思う。
普通に受け取るならば、A氏の主張は、
公理⇔(A⇒B)
という命題「A⇒B」は正当と認めるけど、
公理⇒(A⇒B)
かつ
「((A⇒B)⇒公理)が成り立たない」
という命題「A⇒B」は正当と認めない、ということだ。
>>83は、その主張を勘違いして、
そもそも「A⇒B」という形の命題は正当と認めない
と思ってしまっているから、
『「あ⇒い」が片向きの矢印であって、「あ⇔い」でないこと』なんかを気にしていたのだと思う。
009360
2006/11/19(日) 20:22:54>(-1)*(-1)全体で一つの無定義述語としてみるのはほとんど無理かと。
ということはA*B全体で一つの無定義述語としてみるのも無理なのでしょうか?
(A*Bは行列の積です)
0094132人目の素数さん
2006/11/19(日) 20:30:58負×負は、負の数を定義する前に自然数の積が既にあるから紛らわしいが。
0095132人目の素数さん
2006/11/19(日) 20:39:43ふと思ったんだが、ある分野の数学者は確かに、「数学の基本的な定理はほとんど全て
ある少数の公理群のうちのどれかの命題と同値である」とかいう主張をしてるんだよね。
A氏はそういう主張を文字面だけ受け取って妙な誤解しちゃったのかな。
本来ここで言う「基本的な定理」というのは「中心的定理」というくらいの意味だろうけど。
>>91-92
前スレでA氏は
>x, y, z≧0, x + 2y + 3z≧12
>ならば
>x + y + z≧4
>である
を、仮定と結論は同値なはずだから同値な変形をすると結論が出てくるはずだ。さて、…
のような推論をちらっとしていたので
その時点では「逆は必ず真なり」な認識がされていたし
>>92の両者の区別はされていなかったと思います。
私が「提唱」者の言いたいことを誤解している、というよりは
善意で以って解釈すれば「提唱」者の主張は>>91-92になる、と言ったほうが近いかと。
0096132人目の素数さん
2006/11/19(日) 20:56:32「A*B」ってのは一つの行列ではありますが、
意味的には「行列」Aと「行列」Bを「掛け合わせた」「行列」、という意味で
そもそも一つの言葉じゃないので…
因みにこういう複数(一つ以上)の言葉を組み合わせて作った、
数学的対象を表す文字列のことは 項 term というのが普通かと思います。
日常用語でも「このヒルベルトと言う偉大な数学者」とか
そういう二語以上の文字列を「用語」とは言いませんよね。
たしか言語学でもこういうのは「項」と言ったかと思います。
「A」と「B」は行列を値に取る変数記号というのが正しいかと思います。
無定義術語ではありません。
因みに行列の理論を形式化したい場合には行列は行列は「nm個の数の組」として
定義するのが普通で、そもそも無定義術語という扱いをしないと思います。
>>94さんが既に仰ってますが。
それともう一つ、言うの忘れてたんですが
>>65の無定義「述語」というのは無定義「術語」のtypoです(^_^;)
別に無定義用語でも構わないんですが>>79の用語法と混同するので別の言葉遣いをしました。
それで下の>>65は「未定義用語」がよく言われる「無定義術語」を意味してるのか、
と思ってつけたレスで、単に「定義してない項」「まだ定義してない(あとから定義する)項」
という意味ならば>>65にほぼ同意です。
0097132人目の素数さん
2006/11/19(日) 21:20:29typoじゃなくて変換ミスですね。どうでもいいですが。
それから>>65に同意じゃなくて>>60に同意です。
そもそも公理というのは間接的に術語を「定義」しているわけで、
そういう(>>81の後ろ二段のような)認識がなければ、
定理φは公理Aと同値である、というときのφの意味内容がはっきりしません。
(つまり、「負×負は正」から公理が導ける、というとき、
整数がまだ定義されない状況で、ある数が「負」であるとはどういう意味なのだろうか、ということ。)
そういう意味でもA氏が>>91-92のような認識をしているとは私には考えがたいです。
---
ここからさらにどうでもいいこと
「同値数学」だと「負掛ける負は必ず正」のような命題は扱えなくなるとおもいますが
よく考えたらこういう命題はある定理の証明の一部として扱えば良い訳で
かえって中心的、本質的な命題しか扱えなくなる、というメリットはあるのかもしれないw
ただ、ψ1とそれより弱いψ2という二つの命題があったときに、ψたちがある性質を満たせば、
どの二つも強さの異なる無限個の命題φ1,φ2,.........,φn,.........があって
ψ1⇒φ1⇒φ2⇒φ3⇒........⇒φn⇒ψ2(∀n)が成り立つ、とかそういう定理があるので
超数学的議論をするときは扱えなくなる命題が出てくるのは確か。
0098提唱者
2006/11/21(火) 23:27:30根っこには公理、定義があります。
幹、枝、葉、これらは定理です。
ふつうの数学では根っこにab=baやa(b+c)=ab+acなどがあります。
この普通の数学の樹形図を、数学の樹形図Aとします。
そして数学の樹形図Aの葉を何枚かを取ってきて
それを根っこにして数学を再構築するとします。
すると新たな樹形図が出来るわけです。
これを数学の樹形図Bと呼びます。
つまりこういうことなんですよ。
ある人は-*-=+を定理だと言う。
ある人は-*-=+を定義だと言う。
食い違うのは当たり前なんですよ。
何故ならその人が採用している数学の樹形図が違うんですから。
樹形図Aでは葉(定理)かもしれないけど
樹形図Bではそれは根(定義、公理)なんですよ。
これならみなさんでもわかるでしょう。
そしてどの樹形図を採用するかはその人の自由なんです。
つまり「何が定理で何が定義で何が公理かはその人の自由」なんです。
このカッコでくくった部分が、
前スレ8月中旬から約3ヵ月かかってやっとたどり着いた結論です。
0100提唱者
2006/11/21(火) 23:44:09このようなことを言った人はいますか?
このようなことが書いてある本はありますか?
多分私が最初ではないでしょうか?
もちろん、数学者はうすうすは感ずいていたことかもしれませんが、
言葉としては言ってないし書いてないでしょう。
言葉にしたのは僕が最初でしょう。
0101132人目の素数さん
2006/11/21(火) 23:45:35■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています