ある意味"自然"でなぜか"うまくいく"方法は,
必ず正当化できるという信念のもと、
その方法を柔軟な思考で探るのが
数学的態度ではないだろうか.

虚数しかり非ユークリッド幾何学しかり集合論しかり
演算子法しかり超関数しかりファインマン積分しかり?

"教科書"で習ったことだけを信奉する香具師は
探求レベルの数学をするのに必要な思考の柔軟さを
持っていない. その時代の考え方に洗脳されすぎている.

論理的に非の打ち所はないが矮小な世界で
自己完結することに満足している平凡な
"数学ユーザー"が(特にこんな場所では)
大多数であるのはむしろ当然だが.
数学"教育"がうまくいっている証ともいえる.

しかしたとえば『dxとdyの解析学』を読めば,
オイラーの理解方法に比べて,
集合と写像による"数学的自然"の捉え方が
ときに非常に不自然なのがわかる
(ひとつの曲線をむりやり2つに分解しなければ
求められないなど).

※"数学的自然"の存在と, その捉え方がひとつでないことは
佐藤幹夫先生も強調しておられた(『佐藤幹夫の数学』参照).