【特集「いま、研究はだいじょうぶ?」】

「指導力があぶない」教授の再生を求めて

なぜ、大学教授なのか

私が大学教官を相手にしておりまして、とくに大学教授は、京都大学で
は研究者の養成というものが第一の目的になってきますが、その視点か
らみますと、恐ろしいことが起こっているのです。

教授は、一生懸命勉強してその職に就いたと信じられている。就職して、
研究したいという意欲はそれなりにみんなもっています。もってはいま
すが、大学に入ってしばらくかれらの講義を聞いていると、どうしてい
いかわからなくなる。ところが、大学にはそういう教授に対して、十分
な手当をする人的、時間的余裕がない。教授たちが実際に誰かと相談で
きるような窓口があまりにも小さすぎる。

なかには、意を決して私のところにやってくる教授がいる。一番多いの
は「何をやりたいか」ということが全然自分にない教授です。要するに、
大学のポストに就くことが目的になってしまって、大学教授になって何
をやるかということが全然見えなくなっている。非常に悲しいことです
けれど、ほとんどの大学教授が、まず第一に自分で何をしていいかわか
らない。 (つづく)