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無調

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0001名無しの笛の踊りNGNG
調性について
0191ああああぁNGNG
こんばんは。
議論が横道にそれたから反論はしないよ。
どうしても、して欲しいのなら反論をいたしますけど。
こちらは他人を言い負かそうとすることに時間を使うほど馬鹿じゃないので。

「人間の認知」と「現実で起こっている物理現象」に分けないと正当な結論には辿り着けないので分ける必要はありますね。
また、無調性と作曲についてはいろいろな本で読んだ事があります。
どの本にも書かれていたことは、
作曲家の手によって作り出された音階(シェーンベルグの12音階の音階”半音ずつ音程があがって出来ている有名なアレ”とかドビュッシーの全音音階”全音ずつ音程があがって出来ている奴、つまりドレミの次はファの♯にソの♯にラの♯の6音の音階”)は、
どれも新しい音楽の世界を切り開くほどの表現は出来なかったということです。
アウトローでしかなかったわけです。
本流に調性音楽があって、それと違うからかっこいいみたいな。そんな感じです。
無調性は作曲にはあまり役には立ちません。残念ながら。
特殊な使い方しかできないものなのです。
0192ああああぁNGNG
補足の説明です。
全音音階を作ったドビュッシーですら、全音音階だけで構成される作品は1つも存在しないのです。
それまでの調性音楽と混ぜて使われたにすぎないのです。
0193sあtNGNG
言い負かす意図はなかったのですが
大変失礼しまし・・(笑

0194sあtNGNG
>191後段
は少し乱暴だと思うが・・
0195ほんだなNGNG
>>190
汎調性……。
カデンツがあるかないかに関わらず、ある中心音へ向かう流れが
存在する状態を指すのでしょうか(わらべうたなど)。
だとすれば、>>78の「調性」定義は「汎調性」ですね。
0196sあtNGNG
>191
遅くなりましたが
また種々の音階等は作曲者が作ったものと言うより、例えば数の理念と
いったことでもそうですが、人為それ以前のものとして捉える土俵もあるのでは。
(コンポジットスケール等といったものとは別文脈で)
それを作曲家なりがアイデア・マテリアルとして用いるといった捉え方。
また「音階」は無調の技法のたんなる一部分にすぎないともいえると思うが。
<特殊な使い方>はなにを基準にするかで変わるでしょうね
また無調の用法が作曲にあまり役に立たないとは思えません。
これは作曲者の方の問題でもあるのでは。
>新しい音楽の世界を〜
確かに大きな音楽の歴史的文脈で語られるときには、
このような表現をときに見かけますね。ただここでの文脈に適当かどうか
分かりません。
0197sあtNGNG
未熟な2chらーで大変恐縮しておりま・・(ぼん!
各方面に多大な迷惑をおかけしておりま・・(ぼん!
0198あ’NGNG
>191
>作曲家の手によって作り出された音階は、… (中略)
>どれも新しい音楽の世界を切り開くほどの表現は出来なかったということです。
>本流に調性音楽があって、それと違うからかっこいいみたいな。そんな感じです。

というのは、あくまであなたの主観。以前の
>芸術学は本来感性…
うんぬんというのと同じで,自分はこう思ってる,人はこう思ってる,
どっちもありよ,みたいなポストモダン的思考を感じるが、
そこに統計学を援用するのは,実際には無理。
例えば,大数の法則が成り立つほどの人を集めて,
調性を何らかの統計学的モデルで決めることができるか?
あるとすればどのような変数を用いるべきか?
前にも述べたが、決定論的なことを確率的事象として扱うのは,
誤りであるし,率直に言って,知的に怠惰だと思う。
 こういう立場を唯物論的というなら
それは喜んで感受せねばなるまい。
0199あ’NGNG
また誤字あるよ,恥ずかしい。
って,今日は頭痛がひどい…もう寝よう。
0200あ’NGNG
ああっ、頭痛で寝れん。
てなわけで,
>177
物理的に存在しない下方倍音列を定義づけたのが人間なら,
その関係はどれほど頑張っても人為性から逃れられない。
人為性は無関係とか、言うのは,掛けた梯子を自らはずしてる。
>198
”ある中心音へ向う動き”は概念としては理解できるが、
実際に定義できないのでは?
カデンツよりはるかに広い概念で調性の定義として,
興味深いがやや曖昧模糊としたところがある…
0201ほんだなNGNG
定義はたしかに難しそうです。
ただ、無調(とりあえず、「中心音を意図的になくしたもの」と定義)
でもなく、機能的調性でもない音楽、つまり「旋法で書かれた音楽」を
区別する必要はあるでしょう。

♯Cf.無調でも、機能的調性でも、旋法でもない音楽の例
1.中心音はあっても、音の流れが存在しない
(例:E音のみのヴァイオリン・ソナタ、Cコードの単純な繰り返し)
2.何かの旋律の1音1音に、短2度(長7度でもよい)の音を重ねる
ドレミの歌から、歌の旋律だけとりだして重ねると、
ドーレミー ドミードーミー
〈ドレ♭〉ー〈レミ♭〉〈ミファ〉ー 〈ドレ♭〉〈ミファ〉ー〈ドレ♭〉ー〈ミファ〉ー

ここらで、「調性」を音楽辞典がどのように定義してきたか、
またその定義の妥当性を検討する必要性があると感じましたが、
私は辞典を1冊しか持ってません(苦笑)。
0202jほんだなNGNG
出かける前に。
音楽心理学の立場から↓ このスレの読者にはものたりないかも。
ttp://www.kyushu-id.ac.jp/~ynhome/JPN/index.html
0203sあtNGNG
>200
>物理的に存在しない下方倍音列を定義づけたのが人間なら,
>その関係はどれほど頑張っても人為性から逃れられない。
>人為性は無関係とか、言うのは,掛けた梯子を自らはずしてる。

結論からいうと、ここでは「倍音」を物理的な音響現象として扱うか、音程の概念として扱
うかといった違いがあるといえる。
そして「二元論的〜」においても、倍音はあくまで「音程の概念」として扱われているはず。

<物理的に存在しない下方倍音列を定義づけたのが人間なら〜>
これを現在の時分に考えるとき、
<人間が倍音程の「関係性」を抽出したもの>
と換言できないか、ということです。
またここでの人間とは、ほかでもないシェーンベルクということになるだろうし、
確かにこういった捉え方・表現は大きくシェーンベルク以降のものとなろうが、
確か「二元論的〜」も、実際はあくまで「倍音列」を(まして物理音響としてでなく)
「倍音程」として扱っているもののはず。
0204sあtNGNG
更に12音による音楽文脈で続けると、「上方−下方」という垂直相対性を潰した結果として、
「順序・ベクトル」といった水平要素が押し出されるようにパラメーターとして顕れたもの、
という言い方もできるかもしれません。
垂直面と水平面のトポロジカルな移行と考えられるかも。
こういった考えは「絶対的な上も下も、左も右も、前も後も存在しない」や「そこにあるのは、
互いの音同士の音程関係だけ」といったシェーンベルクの言葉にも見ることが出来る。
また「関係性の音列」の発想などもこのことに根差したものだと思います。
調性〜セリアリズムの文脈では、
下方倍音の人為性も、上方倍音の物理的リアリティーも、このような考えによって「音の関係性」として抽象され、システム中で定義された結果、ひとつの「関係性」という存在として包含されることになった、ともいえるのではないか。
すこし乱暴にいうと、この文脈では、概念レベルの存在によって、物理レベルの存在−非存在の二元性を包含してしまったものとも考えられないか。
(あっ すこし羽目を外しました・・
その意味でも(少なくとも初期の)セリアリズムは実際の物理的音響よりも概念先行で(またはその方向から)表現されたものだといえるのかもしれない。
ただ、だからこそこういった方法論自体も「人為的である、音響物理に則してない、聴取に反映しきれてない」等、広い意味でこのような意見がある訳でもあろう。

また(高次)倍音組織やその音響による表現もすばらしいものであろうし、またこれらの表現の方法論といったものも興味が尽きないものである。(体によさそう?)
できればこの文脈で、倍音を物理的音響として扱うような音楽の方法論の詳細を切に望むものである。

この物理ナチュラリズムに対し12音音楽等はある意味概念還元論的なものだといえる
物理的存在の豊かな倍音は素数2によって(オクターブ等価性)「倍音程」に還元される。
「2元論的〜」でもその部分は共通。
まあセリアリズム自体が人為的だというのであれば、(少なくともセリー音楽では)上方下方関わらず、倍音程関係はともに人為性のものとなるだろう。
0205sあtNGNG
ばたん キュー!
0206あ’NGNG
時間軸の不可逆性も関係性だけに抽象化すれば,
相対的なものでしかない、ってことか…。
それはあまりに観念的じゃないか。
それは楽譜としてのみ音楽が存在するという
Babbittian的立場からは肯定できるが。
この立場は頭では共感すべきだと思うが,
ついていけるほど耳が良くない…
あっ、もしかして,この立場からは。
セリーの逆行形で時間を遡れるとか、ってことになるのか,
かなり馴染めんけど,そういうことになる気がする。

ところで常時接続?sあtは。
0207sあtNGNG
206<
それは前後の群化であって(それはそれで面白いが・)
先に述べたはあくまで上下・縦横の群化の範囲。
実際の音は時間軸にそってある
ベクトルもせいぜい上下の範囲

>セリーの逆行形で時間を遡れるとか、ってことになるのか,
>かなり馴染めんけど,そういうことになる気がする。
ハハ なんかB級SF映画みたいでウケタ
まじめに考えてみようかな・・(笑

まあよくあるのが、次元を落として擬似的に時間を抽象してしまう方法。
「楽譜としての音楽」もそうなるのかな。

因みに常時接続ではない
音声自動入力だ
ウソ
0208sあtNGNG
まあ少なくとも逆行形でもって時間を遡ることはナンセンスでしょう。
前−後の群化でも抽象される部分は最高でも上−下以下に還元されてしまうから。
いいかえると
二音間の音程関係では(=関係性においては)
逆行=反転となるから。
0209名無しの笛の踊りNGNG
このスレおもしろいな。2ちゃんねるにも
こんな素敵なスレがあったんだ!!!!
0210ああああぁNGNG
>sあt
音楽辞書を数冊見ても載っていないような言葉を使うときは説明をしてくれませんか。
そんな言葉はもちろん聞いたことはないですし、調べようもないですし。
あとはお役所言葉は非常に意味が伝わりにくいので一般的な言葉で説明をお願いします。
0211あ’NGNG
>207
自分でもんな訳ないだろって思ってたが、
ベルクの”ルル”の間奏曲や,
ヒンデミットの”行ったり来たり”を考えると,
大マジメに考えてる作曲家は結構いるかも。
作曲家のバカさ加減の証明ととっても良いが、
それじゃあんまりだ。
0212HazumoererNGNG
このスレには、帰国後に書き込みます。すいません。
0213パパラギNGNG
難しい言葉が飛び交っていることについてであるが(確かに知恵熱が出そうな
コトバがチカチカしているわけだが)音楽の中でも最難問の一つを扱っている
だけに、ある程度しょうがないかな、とも思っている。
しかし、理論を開陳する側はリファレンスを明らかにする(インターネットで
引けるものならなおベスト)、理解する側はサーチエンジンをごりごり使って
ついていくと・・・お互いに努力が必要だと思ったりする。

掲示板が進歩して、ほいっこの譜例はどうだ?と、音や楽譜を容易にアップロード
できたりすると、今のここでの議論は敷居がかなり低くなるとおもいます。
テキストだけだとなんか口幅ったいね。
0214パパラギNGNG
話題の「二元論的和声理論」についていうと(遅いレス勘弁)
下方倍音列は「虚数」のようなものだとある本に書かれていた。
理論を助けるために人為的に導入されたという意味では似ているが、それよりは
よりリアルなものであると考える。
例えばCの1/3倍音である1オクターブ+完全5度下のFは、Cの自然倍音として
は当然聞き取れないが、Cそれ自身を3倍音として持つ音として、自然倍音列上で
で定義することはできる。以下「再帰的=入れ子式」に下の方に「倍音」を伸ばして
いける。今さら何をいうか、という感じですが。

そして、今は「倍音座標」と「時間座標」という平面を扱っているらしい。
時間座標の方も、負の方向への「逆行」は知覚されないものらしいという意味において
「下方倍音列」と性質が似ているっぽい。
確かに、古典フーガを聴いても、主題の「反行形=対称系」は知覚できても、
「逆行形」はなかなか分からないもんね。昔、TV番組で音楽の逆回しを聞かせて
曲目を当てさせるゲームを見たことがあるが、正解者は、その曲が最初から頭に
入っていて、テープ音を懸命に頭の中で逆行させていたのだろう。いやはやたいした
もんだ。
0215sあtNGNG
>211
あっ自分も206でいわれるようなユニークな部分をテーマに
実は真面目に考えてのことでした。
音楽の観念的情景表現としてそのように使うことはアリですよね
0216sあtNGNG
前後しますが
>210
どれについてのことか分からないので何ともいえないですが、
なるだけそのようにいたします。
0217匿名希望役所勤務NGNG
固○’は論理的であり、時に専門の分野における言葉で語られ、全てを理解できるわけでないが、
時に相対において益となり、また刺激的でもある。「偉大なる」といった意味での唯物論的な見解は、
こういった議論において観念論に陥らないために、とても貴重なものであるといえる。
また鋭い問題定義をもそこに含まれることとなろう。
本質を追究しようとするとき、自己犠牲の精神は必要不可欠であるし、また他者のそれを理解出来ぬものは
本質にたどり着くことはないであろう。
アーメンソーメン
0218匿名希望役所勤務NGNG
提議だった・・
0219名無しの笛の踊りNGNG
あまの先生、毎晩お疲れさまです。
0220名無しの笛の踊りNGNG
どうも
S-Spiralさん
おやすみなさい
0221sageNGNG
>>219
ワシはここには書いていないぞよ。
0222s構造主義tNGNG
>>214
認識素の解体そして、因果律の解体
ピッチの逆行型とテープの逆回転・・うーん
そして表面化される部分でないところの「構造」を思わず考えてしまうな・・
0223s無調の定義ってtNGNG
時間軸を省きたいとか、倍音のイメージを排除したいとか・・
例えば
”点には部分がない”とか”直線は幅がなくて長さだけがある”
とかいったギリシャ人的な思い切った抽象化定義と似たところがないか?
ウェーベルンのセリー音楽が点描主義的だっていわれることって
これと関係あるかな?
0224あ’NGNG
>222
>表面化される部分でないところの「構造」
って具体的には何を考えてる?
>時間軸を省きたいとか、倍音のイメージを排除したい
必ずしもそういう議論ではなかった気が…。
ウェーベルンに関しては本人が手段を節約してやろう
という気があったのかないのかよく分からぬところもある。
が、本人の意図とはかかわらず実際の聴覚的印象から,
絵画にける点描主義とはほとんど無関係に,
点描主義って言われてるが,確かにそんな面はある。
また,彼が音高以外のパラメータを組織化する気があったかも分からない。
ってか,知らない(誰かご教示を)。
シェーンベルク流の動機労作を
彼なりにやってたつもりかもしれないし…。
0225sあtNGNG
>あ’
主張によると
「調性」の定義はある程度(過去に)システム化されたもの(機能的調性)、であるのに対し
無調の定義では「その補集合(それ以外)」といきなり集合論化してしまうのは、
おなじレベルで対応した定義付けでないと思われるが、いかがなものか。
集合論を逃げ口上に利用するパターンともとれるが。
それこそ、そちのいうところのポストモダニズム的な発想を感じるが。
しかしながら、そもそもポストモダニズム的思考とは「どっちもあり」でなく、
二項対立要素から見えざる構造(本質)を見いだそうとするものではないのか。
0226sあtNGNG
>224
>>表面化される部分でないところの「構造」
>って具体的には何を考えてる?
音楽の分野ではここでの議論と無関係でないと思うが・
ピッチの逆行と音響的逆行の違いで考えられるもの、
やっぱりそれを言語化すると、どうしても「アタック、デュレーション」
とかってことになると思う。
つきつめて言語学的にいうと・・
意味論的不可逆性とでもいおうか。
音素、音韻論、意味論、統語論とかの話になるのだろうか・・
ソシュール言語の恣意性とか・・
恣意性の排除は無調文脈でいうとケージか。
0227NGNG
0228NGNG
そしてパンドラの箱は閉じられた・・・
0229あ’NGNG
とりあえず,個人的には,
集合論的無調の定義づけは一種の遊戯で,
ホントにそれで無調が定義づけられるなどとは思っていない。
”無調は存在しない”という命題を形式的に否定して見せただけのこと。
 実際には,定義づけの非常に困難な”調性”というもの
が存在し,まあ結局集合論的といえなくもないが,
調整の定義づけができたとして(個人的な調整観はともかく),
その裏側に,あるいは補集合として無調性がある。
ということになる。
226の話はわからんのでパス。
ただ、デュレーションの構造化は明らかに表面的な要素では?
個人的には音響物理的に捉えられん部分の話をしてると思ったから,
それって何だ?と思ったわけだ。
アタックもその意味では表面的構造になると思うが,
意味のある構造化は,ほとんど困難だろう。
ちなみにこのあたりの話題はバビットのスレで”ガイシュツ”だ。
Babbittianのオレとしてはスレが消えて寂しい…  
0230あーもー寝ないと・・NGNG
>224
その後いくつかのhp上で、ウェーベルンの点描的な表現はその後の総セリーを
示唆するものだとの文脈を見た。本人の意見まではわからなかったが・・
まあテーマからそれた話で失礼。
>>195
ここでは「汎調性」と「汎全音階」の混同があると思うが・・
「汎全音階」の意味で、
核音に関してよく知らないが、二度、三度、五度音程が中心音に
関連付けられてるようだ。さらに拡げて五音音階的になるようなものだと思えるが。
これは旋律的なもので、カデンツとは根本的に違えど「五度の親和性による関係」では括れそう。
竿だけ〜、などの売り声やわらべうたなどモード的な解釈はできると思う。
190の「汎調性」は、調の「機能」を焦点にしたもの。
>200最後段
これは汎全音階(モード手法)として定義できそうだが、
まあこれを調性とするか否かは意見が分かれるとこだろう。
(カデンツ集大成のようなゴリゴリバップとマイルスのモード曲ってとこか)
0231sあtNGNG
中心音をつくらない為の技法がセリアリズムという歴史の要諦ならば、
ケーデンスがなければ無調っていうのは歴史に矛盾している。
音の階層性が否定されるところに「無調」の歴史的存在意義がある。
カデンツなくしても音の階層性はあり得る。
社会主義リアリズムとか資本論とか・
てか、あの時代の人たちってけっこうそういうこじつけかたしてたかも。
0232あ’NGNG
うーん。
カデンツの意味は、俺の理解では,
中心音(とそれを中心にする音のヒエラルキー構造)を
確定するためのプロセスである、
と思うのだが…
したがって,この立場からは,
カデンツのない音の階層構造は,
調性システムでない諸音の階層構造ということになるのでは…
0233sあtNGNG
一般的な意味での「カデンツ」もあくまで階層構造の為のひとつの形式、様式であり、
(カデンツは「常套句」といった意味合いも含む場合がある)
既存の音楽形態の理論よりむしろ構造認知的な部分。
その意味で「調性」という言葉をひとつの「音楽システム」としてでなく、知覚認知的なものとして、
システム中にあってもなくても
>諸音の階層構造
こそがトーナリティだと捉えられると思うが。
0234ブルース・リーNGNG
ムチョオオーーーーーー!
0235名無しの笛の踊りNGNG
-------------------------<第一部終了>---------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------------------------------
0236谷KNGNG
むちょーーーーん!!
0237ageNGNG
Sop : F#-F#-F#-F#-F#-F#-F#-F#-F#
Alt : D -C#-D -D#-C#-C#-D -C#-D
Ten : A -A#-H -H#-C#-A -A -Hb-A
Bas : D -F#-H -G#-G#-F#-A -A -D
0238名無しの笛の踊りNGNG
理解不能
0239名無しの笛の踊りNGNG
「無調」調性について?
0240237<NGNG
解説希望
0241>237NGNG
美しいー
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