クラシックの未来
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0001名無しの笛の踊り
NGNG「クラシック音楽」って、
どんどん年が過ぎて、ますます過去の遺物になるばかりでは?
ベートーベンやら誰それやらは当時は
流行の最先端だったそうですが、
今じゃ前後何百年分まとめて「クラシック」。
あたらしく作られる「クラシック」音楽は、聴いてて不快になるような「現代音楽」ばかり。
「軽音楽」は「クラシック」にはならないし。
でもビートルズなんかは音楽の教科書にのってたりして、
これは既に立派な「クラシック」?
でもクラシックまにあは認めないでしょうね。
じゃあ、電気を使わないということが「クラシック」音楽?
支離滅裂ですみません。。。どうもよくわからない!
この先、何十年、何百年たったら、いったいどういうことに なっているんだろう。
0002名無しの笛の踊り
NGNG意味不明。
0003名無しの笛の踊り
NGNGのがクラシックだ。
売れなきゃチャートから脱落するのはどっちも同じだ。
0004名無しの笛の踊り
NGNG0005名無しの笛の踊り
NGNG0006名無しの笛の踊り
NGNG0007名無しの笛の踊り
NGNG新聞が手元にないのでうろ覚えだが
クラシックをだめにしたのは〜というようなタイトルで
音楽事務所やコンクールその他もろもろのことを書いてあるようだよ。
確か音楽之友社で2900円だったと思う。
おもしろそうだから本屋でさがしてみよっかな
0008名無しでGO!
NGNG音楽家は1年も食っていけないのは言うまでもなく、
シェーンベルクやらバルトークやらも含めた20世紀のレパートリー
全部をもってしても、それだけでオーケストラもソリストも
やっていくことなど不可能だろう。
バッハからマーラーまでの遺産あってこそのクラシック音楽で、
他が取り上げられるとしても、それは追加的に
やられているに過ぎない。たまにオール・ウェーベルン
プログラムの演奏会があるではないかと言っても、それは
たまにやられるからありうるのだ。
古典から現代まで幅広いレパートリーに深い理解を持つ
アバドですら、かのザルツブルクで
1.ウェーベルン「管弦楽のための5つの小品」
2.ベートーヴェン ピアノ協奏曲5番
3.ベートーヴェン 交響曲5番
なんていうプログラムをやったりすることが、
クラシックが18〜19世紀の芸術の再現としてしか
今後も存続し得ないことの象徴的な例だろう。
もちろん、その再現に触れて、そこに現代的な意味を見出すのは
聴衆の自由だ。ギリシア悲劇にも現代的な問題や精神はいくらでも
見出せるのだから。
0009名無しの笛の踊り
NGNG0010名無しの笛の踊り
NGNG思いますが、今後これまでの名演奏録音がどんどん著作権切れを
迎え、商品としてのクラシックCDの価値が激しく落ちると思います。
(演奏の価値が落ちるという意味ではない)
また、Internetの高速化も急激に進むとすると、いずれは
例えば「バーンスタイン/BPOのマーラー9番」なんてのが
Internet上で無料公開されるかもしれませんね。
人類の共有財産として20世紀のクラシック録音が解放される時代に、
あたらしい演奏家、あたらしい録音はどうなっていくのでしょう。
0011名無しの笛の踊り
NGNG1さん、いっその事、出直してきたら?
0012そうだ葬式いこう
NGNGせん。(少なくとも私にとっては)
1さんの記事はそう意味不明ではないと思いますが。
過去の偉業にしがみつくだけではだめだし かといって新しい音楽を作ろうとし
てもその偉業に匹敵する「完璧」な音楽にしなければという思い込みが新しさよ
りは完璧さに偏向して結局は形だけの創造性に終わってしまう。あと「芸術性」
を重視するあまり普通の人たちの生活からかけ離れた世界に閉じこもってしまう
のも問題です。よく「人を楽しませない厳しい音楽もある」と言う人がいます。
それは1つの真実なのですがそれを楯にして厳しい音楽を楽しい音楽よりも上位
のものとして「楽しい音楽」を卑しめ「厳しい音楽」ばかりをあがめていれば僅
かな人しか「楽しめない」(←そう、「厳しい音楽」を素晴らしいと思うことで
充足するという意味で)世界として硬直してしまうとおもうのです。。
〈無論わずかながら人に新鮮さを与える音楽を作る人たちもいますが。私はその
僅かなひと達にはかない望みをかけています>
0013そうだ葬式いこう
NGNG「厳しい」ことと「心が狭い」ことはまったく違うはずなのにどうも
それを同じものと勘違いしている人が多いということ。この「心の狭
さ」「視野の狭さ」はいかなる知識の広さ・深さをしてもいかんとも
しがたい人たちがいるということ。
というわけです吉松隆さん。あの人についてはあきらめた方がいいで
すよ。(σ^^;)
0014そうだ葬式いこう
NGNGあの人のことだしょうから最初は丁寧に儀礼てんこもりの挨拶で
「最低限の礼儀」をつくしたあと批判の名の下グレコローマン式
の論理で作品の欠点をあげつらいついでに人格・人生まで否定し
たのでしょうか? だったら相変わらずといったところですが。
0015名無しの笛の踊り
NGNG0016名無しの笛の踊り
NGNG音楽単体としては、ほとんど聞かれていないんだろうけどね
>>8
>クラシックが18〜19世紀の芸術の再現としてしか
>今後も存続し得ないことの象徴的な例だろう。
そうだろうね
0017名無しの笛の踊り
NGNG絵画や小説にしろ、過去に書かれたものを今見たり読んだり
することが当時の芸術の追体験じゃないように、演奏も
ただ単に過去の再現じゃないと思うが、どうだろ?
0018名無しさん
NGNGなぜなら、これから生まれて来る人にとっては、"始めて聞く曲”だからね。
それの繰り返しです。
0019名無しさん
NGNGさらに、軽音楽ってのはアーティストがしんだら、その人の作ったCDを繰り返し聞くしかないが、
クラシックは次々と新しい演奏家がでてリフレッシュされる。
0020ポップスが好き!
NGNG0021名無しさん
NGNG個人的のはマーラー、R.シュトラウスでそれまでの流れの延長線としてのオーケストラ音楽は
頂点に達してしまったような気がしてます。
シェーンベルク、ストラビンスキーが過渡期で、以降は浮世離れの現代音楽ということでしょうか。
専門のかたいますか?
0022名無しの笛の踊り
NGNGクラシックはポピュラー音楽に吸収合併されてしまったのでは?
その意味では、マントヴァーニとかポールモーリアとかもクラシックの流れを受け継いでる・・・というのは素人考えかなぁ??
0023名無しの笛の踊り
NGNG0024名無しの笛の踊り
NGNG0025名無しでGO!
NGNGほぼ例外なくチンタラしたテンポの過去の「巨匠」の演奏は
何だったのかと思わせる。こういう演奏が現れるところをみると
過去の芸術の再現といっても、その再現の過程での創造的行為があることにより、
実質100年200年前のレパートリーだけによるクラシック音楽界の存続は
今後も支えつづけられるだろう。
つまり演奏芸術としては存続する。
しかし作曲はどうか?私は絶望的だと思う。
0026名無しの笛の踊り
NGNGノイズ系とか好きな友達いないのか?
0027名無しさん
NGNG国境どころか時代の壁すら存在しないということですね。
時代が進んでも、人間の本質はなんら変わらないということだと思います
0028名無しさんi486
NGNG曲が人間の普遍的な部分を描き、そこに各時代の演奏者が
時代の精神、気分、雰囲気などを付加していることが、
クラシックのレパートリーが長く持っている理由だろう。
0029名無しの笛の踊り
NGNGクラシックの斜陽化を現代音楽のせいにして現実逃避したいからでしょ。
0030そうだ葬式いこう
NGNG一行目はいいとして(あんまりよかないけど^^;)二行目は? 「現代音楽
」に嫌悪というより違和感を持つのは現実逃避ではないでしょう?(そーゆー
キトクな人もいるかもしれないが)
0031名無しの笛の踊り
NGNG癒し系なんて怪しい系の音楽がクラシックを席巻しようとしているが、とんでもないことだ!
デタラメをやる現代音楽は減ってきたけど、かわりに耳当りの良い音楽が人気がある今日この頃。
いずれも古典的価値という意味のクラシックとは無縁仏です。
「交響曲は死んだ」という文句を誰が言い出したかは知らないけど、自分で考えないで「そうだ!」と同意する者が多いのは困ったもんだ。
26、27に同意。
28は何が言いたいのかわからん。単なるクラシックファンへの誹謗か?
以上、思いつくままにだらだらと書いてみた。
反論があってもレスするつもりなし。
0032名無しの笛の踊り
NGNG26、27に同意。26、27→27、28
28は何が言いたいのかわからん。単なるクラシックファンへの誹謗か?28→29
0033ライヒダシ
NGNG私は、昔のクラシックも今のクラシックも
好きなモノは多いですが・・。
0034名無しの笛の踊り
NGNG0035名無しさん
NGNG0036名無しの笛の踊り
NGNG高嶋ち○子(ちんこ!?)島流し
0037名無しの笛の踊り
NGNGほんと終わってるよ、あっちは。
音楽としてはどっちも好きなんだけどなぁ…。
0038名無しの笛の踊り
NGNGどんなふうに荒れてるの?
かいつまんで教えてちょうだいな。
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