原曲のピアノにはポルタメントなどないのだし、
また自分なりの運指を考えようとした生徒に、何の問題もない。
自分なりの新しいスタイルを模索しようとすることは、問題がないどころか、
若い演奏家にとって必須の課題でもある。

セゴヴィアは新しい可能性の芽を摘み取ったのだ。
教師にあるまじき行為である。