カラヤンはトスカニーニ派と思われがちだが正確には
トスカニーニとフルヴェン両者を取捨選択しいいとこ取りをしたハイブリッドだった
トスカニーニから取り入れたのは楽譜至上主義というよりも正確さ疾走感であり
フルヴェンの楽譜を無視した即興感・ドラマティック感も
躊躇うことなく取り入れた
(その象徴が疾走するベト5第1楽章終結部の唐突な溜め)
これはCクライバーのベト5第1楽章終結部テンポ落とさず突っ走るのを聴けば
その違いがありありとわかる
これはベト5に限った話ではなく第九やブラ1などでももそう
トスカニーニとフルトヴェングラーのハイブリッドなのだ
だからカラヤンは完成形であり未だに誰も越えられないのだ