言語化できないようなこと・ものが心の中にあるとして、それを演奏で表現するとき、
その心の中にあること・ものを具現化できるようにするために技術の鍛錬を日々継続する。
では、心の中にあるという「言語化できないようなこと・もの」そのものを鍛錬するには、
日々どのような努力をすればよいのか?


調性音楽とは機能和声に基づく長・短旋法であるが、それはカデンツによってフレーズを形成する。
そして、カデンツは、文章の構文法に例えることができる。

書かれた文章の意味をよく理解せずに朗読することは可能であろうか?

これが、実は可能で、このことを注意していないとかえって音楽の理解を遠ざけてしまうかもしれない。
なんとなく理解していたり、模範演奏をまねたりして、それっぽく演奏できてしまうから。


愛好家の場合、当然のことであるが、技術に完璧はない。同様に、楽曲の解釈にも完璧はない。
しかし、どちらも完璧でなければ演奏してはいけないということはないし、
どちらも不十分であっても、向上心で持ってそれらに取り組むことが無駄というわけでもない。