ロシアの作曲家でいえばバラキレフもブラームスを嫌っていた筈だな。

ロシアのグラズノフより後ショスタコービチより前の作曲家を見ると
中ぐらいの規模の交響曲や協奏曲を書いておしまいというケースが目に付くけど
(当人達が若死にしたというのもあるのだろうが)19世紀のブラームス嫌悪
ワーグナーの後期作品忌避とどう結びつくのか
音楽史家の意見が聴きたいところだ。