クラシック板・教養学部ドイツ科、2回目
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0231名無しの笛の踊り
2014/07/11(金) 00:09:47.94ID:fr+S1Tmj文学者の仕事を狭義の政治性に還元しようとする態度にこそ問題があると言いたい。
思想や文学は、政治の従属物ではない。
ロマン主義者は政治や宗教の問題も含めて、生涯その内部に多くの矛盾や葛藤を抱えており、
一言で語られるようなものではないし、古典主義への態度も教科書的なものでは到底語りつくせない。
現実的にはカトリックへの改宗、メッテルニヒ体制への支持という態度を取った者も多かったが、
そのことを持ってしてロマン主義者=保守主義者とするのはあまりにも安直すぎるのではないだろうか。
彼らの政治的本質は保守/革新といった議論にはなく、その「非政治性」にある。外見にとらわれてはいけない。
ロマン主義とは、主観を無限へ拡張する「ロマン主義的イロニー」によって、主体/客体という分裂を解消しようとする運動であり、
二元論的断絶を超え、諸矛盾の上に自由を確保しようとしたのがロマン主義の真実であったことを踏まえるならば、
自我、主観が現実の上に位置するロマン主義者たちがメッテルニヒ体制下においてとった「現実的態度」は、
その如何を問わず政治的には実質的に無内容であり、それを過大評価することはロマン主義の本質を曲解するものであると考える。
それでもなお、あなたが彼らの外見にとらわれてロマン主義者たちを保守主義者と呼ぶのならば、それはそれで構わない。
彼らはまあ日常的に使う普通の意味で保守的であり得るし、彼らをリベラルの側に回収しようとする意図などさらさらない。
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