>>992
音楽性は確かにイマイチだけど若いころの解釈は日々変わりうる
テクニックが史上最高レベルだからそれに釣り合う音楽性を求めたくなる気持ちもわかるけど
コンクールは青田買いの目的もあるから巨匠の完成形にしか1位を出さないというのはおかしい

それにスルタノフは少なくとも自分の頭で考えてああいう解釈にしていたわけだから
変えようと思えばいくらでも変えられる
逆にブーニンみたいに勢いで弾き切っていたタイプはいざ感性が鈍ってきて自分の頭で考えることを求められたら
持って回ったような気持ちの悪い演奏をするようになってしまった
だからコンクール時点でどれだけ完成されてるかっていうのは意味が無い

エキエルは自分の狭いショパン観に合わない人を認めない頭コチコチの老害だけど
そういうゴミがのさばってるからコンクールはつまらないって言われるし上手い人もコンクールに出なくなった
そもそも「伝統的なショパンの演奏を守りたい」って考えがおかしくて、演奏解釈は時代とともに変わっていくのが自然であって
コンクールはその先導者、つまり新たな流行を作り出す発信源になることが「権威」の最良の使い方だと思う