1894(グラーツ)-1981(ザルツブルク)

第二次大戦までにハンブルク国立歌劇場音楽監督、 ドレスデン国立歌劇場総監督、
ウィーン国立歌劇場総監督を歴任。

戦後、1954年に再度ウィーン国立歌劇場総監督に就任し56年まで務めた後はフリーランスとして活動。
英デッカ、独グラモフォンには多くの録音を残す。

来日公演は1963年のベルリン・ドイツ・オペラ、その後1975、77年のウィーン・フィルハーモニー、
80年のウィーン国立歌劇場(ウィーンフィルハーモニーとの公演も1回あり)と4度に及んだ。