日本人演奏家の演奏については、既に紙谷一衞が「人を魅了する演奏」で問題提起している。

コンサートの集客やCDの販売で苦労したり、外国人から「技巧だけで中身は空っぽでナンセンス」
と酷評されたりするのは演奏そのものに問題があるからで、改善するには楽譜通り正確に演奏する
ことだけを目標としてきたこれまでの音楽教育を改める必要がある、というものだ。

つまりこれまでの音楽教育がマトモではない、ということね。だから、これまでの音楽教育で育った
人が信じて疑わない前提をそのままにして、日本の音楽界が抱えている問題は解決できないの。

ちなみに音楽愛好家は日本人演奏家にこだわる必要は全然ない。外国から演奏家はやってくるし
CDは色々選べるし。で、耳が肥えてしまうと、とてもではないが日本人演奏家では満足できない
から、コンサートには行かないしCDも買わない。あ、でも美人のバイオリニストとかだと下心一杯で
応援するかも、という程度でしょう。

だから、朝比奈が問題だったのだというのは話がおかしくて、朝比奈の存在により糊塗されていた
問題(朝比奈は客が呼べていたので)が顕在化しただけなんじゃないの?