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ってかさぁ、あんたの問題提起という名の何の根拠もない仮定に対してこっちはコメントしてるわけ。
それについて何も応えずにただ単に持論を押し付けるだけ。まさに真性馬鹿だね。
少なくとも俺はあんたとのやり取りに何の生産性も感じられない。
小澤には拍節感があった?弾いたからわかる?何の説明にもなってないよ。

少なくとも俺の目には朝比奈の棒に拍節感は見ることができる。
例えばブラームスの3番の1楽章のリズムの扱いの上手さを見聴きすればわかる。
朝比奈に拍節感がないからアンサンブルに邪魔であるというのは完璧な検討違い。
例えば80年代の「指環」全曲演奏にしても、あれほどの長大にして巨大な作品を、
ちゃんと形に纏め上げたのも、朝比奈が指揮者として機能していた証明になる。
ここら辺の技術的な事例は、真性馬鹿以外からなら異論も認めるが、
少なくとも「弾けばわかる」などという妄言よりはマシだろう。

朝比奈にオクターブが弾けようが弾けまいが、そこは問題ではない。
その経験則でボウイングの指示を出すことができれば問題なし。
弦に関してはあのボウイングだからこそ、あのブルックナーが鳴ったのは事実。
小澤が自分の原点はコーラスと言いながら、大して歌が上手くないのと一緒。
ちなみに音痴な指揮者なんていくらでもいる。音痴だから指揮者になった人もいる。

ちなみに俺は吹奏楽とは全く無関係。むしろ否定派。
一般教育の課程で「部活動」という意味での存在意義は認めるし、
塩谷晋平、屋比久勲と言った優れた指導者の存在も見逃すことはできないが。

あんたの指揮者論には同調するが、それを「押し付けてもうまくいかないの」
などと自分の手柄のようにいうこと自体が完全な間違い。
宇宿の問題はまさにそこ。自分がすべてと思い込んでいただけ。
今の日本では内藤彰がそれに近いか。

ドラティ?あんた得意の「死人に口なし作戦」か。笑えるね。

とにかく馬鹿はとっとと帰れ。