朝比奈隆
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0461名無しの笛の踊り
2012/05/15(火) 02:29:14.47ID:WqcL5V04技術的な観点でみると455、457はまさに検討違いなのは明らか。
日本にはサイトウメソッドというものがあるのは周知されている。
まさにサイトウメソッドこそが流れる音楽を棒で分ける技術。
ビートに乗って音楽が進行することを理屈と技術で縛った例。
そしてその最良にして最悪な例が小澤征爾。
ほんの一例としてブラームスの4番第1楽章のコーダを聴けばわかるのが、
小澤は執拗に叩きに専念するがあまり、アウフタクトを、強拍の予備と扱い、
結果的にビートの流れを分断してしまっているのに対し、
朝比奈のそれは強拍を誘い出すアウフタクト処理を不器用ながらもしており、
より自然なビート感を出すことに成功している。
俺には残念ながら小澤の方が日本人的ビート感に縛られていると感じる。
小澤はリズム感と手を動かす技術には長けているが、それ以上でもない。
彼がボストンで長期にわたりポストに就いていることができたのも、
音楽監督としての資金力の強さと人脈が少なからずあっただろうし、
世界的に仕事ができたのは所属するマネジメント会社に依るところが大きい。
そういう部分から離れて、ウィーン国立歌劇場という、音楽性のウェイトが高くなった場所では、
案の定まともな仕事もできずに干されたのは紛れもない事実。
小澤こそが日本人の大多数の代表例。逆を言えばそれが世界に受けたとも言える。
個人的にサイトウメソッドを否定するつもりはない。
少なくとも日本人が西洋音楽をやる方法論を体系的に確立したのだから。
日本のクラシック音楽黎明期に、教育で発展に尽力した齋藤秀雄、
オーケストラの現場で尽力した朝比奈隆。どちらもその功績は変わらない。
要するに、この2人(だけではないが)が「日本人のクラシック音楽」という文化を作り上げたと言っても過言ではないと思う。
真性馬鹿はコメントしなくていいよ。面倒だから。
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