そう、その時の心の有り様次第なんですね。

例えば仕事しながらヴァイオリン小品集などをかけていると、チゴイネルワイゼンやら、タイスの瞑想曲やらが次々出てきますよね。

で、突然ベートーヴェンのロマンス2番になったりすると「ふと手が止まり、なんて良い曲なんだろう」となる。もう別格に良いんですね。

しきりにベートーヴェンの交響曲7番が聴きたくなる時がある。また同じ意味でブラームスの交響曲1番が聴きたくなる時だってある。
共通点は自分の中のある感情がその時ベートーヴェンやブラームスを求めているという事。そう、日々の生活の中での感情が求めるんですね。

一方、モーツァルトとなると、これはもうまったく別の音楽です。少なくとも私には。
生活の感情が失せ、心がより高みにあり、耳を心と化して聴かねば見えてこない「あるもの」、「美という得体の知れないもの」との対峙と言うか…
そうおいそれとは聴けない音楽なのです。

繰り返しますが、少なくとも私には。