「評価」というのは、音楽家としてどちらが偉大かという意味で結論を出していいですよね?
比較できないと言ってしまうのもつまらないですしね。
といっても、実は答はかなりハッキリしています。
さて、日本ではなぜか 『ベートヴェンかモーツァルトか』 と、この二人をトップ2扱いしますね。
前も書いた事があるのですが、ベートーヴェンは次元が違います。
ブラームスもシューベルトもリストもワーグナーも、今日我々が彼らを見るのと同じような目でベートーヴェンを見ていました。
歴史に名を残すような作曲家にとってすら特別な存在、それがベートーヴェンだったんです。
例えば、音楽と言えば “芸術” の一分野ですよね。
でも、昔は音楽は芸術ではありませんでした。
そんなことを考える人もいなかったでしょう。
教会では古くから神に祈るために音楽がありましたし、貴族のたしなみとしても音楽はありました。
貴族には、お抱えの庭師や料理人、家庭教師、音楽家がいたものです。
そういうものだとされており、音楽家はいわば職人か教師か何かでした。
では今、なぜ当たり前に音楽は芸術扱い、音楽家は芸術家扱いされているのか。
歴史の中でいつ音楽が芸術になったのか・・・・・実はハッキリわかっています。
それはなぜかというと、ある時代にいきなりそう言い出した人がいて、その人が本当に変えてしまったからなんです。
その人がベートーヴェンなんですね。
ベートーヴェンはそれまでの音楽に納得せず、当時の水準とは比較にならないほどの可能性があると見抜いていました。
そして堂々と 『音楽は芸術である、音楽家は芸術家である』 と公言しました。
彼は当時の人々に、今までのものとは違う、芸術作品としての音楽を聴かせました。
単に作業としての作曲や妥協を許さず、常に芸術家として前作とは違った意味のある物を作り続けました。
芸術である以上、あらゆる観点から進化も止めませんでした。
一曲一曲が芸術的価値を自らに問う唯一無二の作品として作られていますので、一曲の重みが違います。
モーツァルトは、時代的な影響と共に、まだ小さな世界から音楽を連れ出すにはいたりませんでした。