提示部の繰り返しは必要か?
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0001名無しの笛の踊り
2010/08/13(金) 12:51:04ID:Swl2wJJ7それとも無視してさっさと先へ行くべきか。
語り合ってください。
0159名無しの笛の踊り
2010/10/03(日) 22:07:52ID:R+6jP13eそれ、何の曲ですか?
それがわからないでは話になりませぬ。
0160名無しの笛の踊り
2010/10/03(日) 23:57:11ID:CRJc+DAAダカーポのAは繰り返さないと座りが悪いとかで。
0161名無しの笛の踊り
2010/10/11(月) 15:27:43ID:w7gE2hDXあやまって急行に乗ってしまい、降りたい駅を通過されちゃう時の気分になるな
さき行っちまうのかよッ て感じ。
0162名無しの笛の踊り
2010/10/11(月) 20:04:38ID:NaqOgYoD0163名無しの笛の踊り
2010/10/31(日) 21:16:36ID:ogMC2/BO提示部にはリピートがないのに展開部と再現部にはある。
このリピートこそが、あの壮絶なコーダを生むわけだ。
ベートーヴェンは役者だよな。
0164名無しの笛の踊り
2010/11/14(日) 23:43:49ID:QY6DCTRb仲道郁代のCDでは、ダカーポで序奏のアタマまで戻っています。
これはベートーヴェンの指示通りなのですか?。
0165名無しの笛の踊り
2010/11/15(月) 15:58:45ID:0QcujXhoつ 父ゼルキン
0167名無しの笛の踊り
2010/11/15(月) 18:43:06ID:SmFMtKzT前者は序奏から提示部に経過に力を入れている場合で反復はむしろ興ざめ。
後者は反復の2カッコに気合いが入ってる場合があり、是非反復して欲しい。
前者の代表はご存知ベト7第一楽章だな
ブラ一第4楽章のように、如何にも反復してるように見せかけて実は展開部というずるい手もあるね。
ブルックナーを提示部繰り返したら凄いよな
0168名無しの笛の踊り
2010/11/16(火) 15:40:45ID:3y62MFXt考えたくない
0169名無しの笛の踊り
2010/11/16(火) 19:36:12ID:x3bYg2LDそれ以降は一度もやってないな。
基本的に伝統的な形式を重視していたと見えるけど、
それを採用しなかったのは不思議といえば不思議。
0170名無しの笛の踊り
2010/11/16(火) 20:28:04ID:F0KYb99p0171名無しの笛の踊り
2010/11/16(火) 20:29:45ID:F0KYb99p0172名無しの笛の踊り
2010/11/17(水) 16:26:08ID:5pd6xrP60173名無しの笛の踊り
2010/11/17(水) 21:10:46ID:dCGpMAs80174名無しの笛の踊り
2010/11/26(金) 01:38:19ID:QhFjwkLUあの1カッコ3拍目の強拍がたまらんっていうか。
あんなにさりげなく戻れる1カッコってあんまりないと思う。
0175名無しの笛の踊り
2010/11/27(土) 19:11:29ID:w+qi+TT90177名無しの笛の踊り
2011/01/17(月) 14:57:21ID:lsZiOqG6これはこれで新鮮だったよ。
0178名無しの笛の踊り
2011/01/17(月) 20:53:25ID:sjbXw6/Tそこの繰り返しを初めて聴いたのは、父クライバーが
ヴィーンを振ったLPを買った時だった。まだ高校生の
頃だが、楽譜を調べて納得した覚えがある。それ以来、
タマに反復されても違和感がない。
0179名無しの笛の踊り
2011/01/18(火) 06:40:21ID:7AfNrvCu0180名無しの笛の踊り
2011/01/21(金) 03:23:51ID:x3n+B92Uスコアにも書いてないこと多いし
0181名無しの笛の踊り
2011/02/02(水) 22:08:24ID:+iVLzkFqブーレーズ 史上最長の運命 FM東京 マスターワークスコンサート 丹羽正明氏
0182名無しの笛の踊り
2011/02/04(金) 11:45:58ID:Htu8JZFK「楽譜の改竄だ!」
と吠える人はあまりね。
形式上はカットになるはず。
作曲者がどういう見解をもつかは興味あるな。
0183名無しの笛の踊り
2011/02/04(金) 11:47:00ID:Htu8JZFK誤 あまりね
正 あまりいないね
スマソ
0184名無しの笛の踊り
2011/02/14(月) 22:43:52ID:HlF5gdv1なぜだろう。
標題性を重視したかったから?。
それともただ単に時代の流れに順応したから?。
0185名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 01:03:18ID:8DOFG9muブルックナーとシベリウスはあまり…。
時代の「流れ」(趨勢?、流行?)ってのはどうか。
くり返しできないだろう、冗長になりすぎて。
古典的形式を考慮に入れてた(と言われる)ブラームス1が一番強引だと感じる。
0186名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 03:45:42ID:iJqYDrJy0187名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 04:00:31ID:ya21f+NJ俺も。ブラ1とか新世界の第1楽章のリピートも励行して欲しいと思っている。
別に強引とは思わんし。
往年の巨匠の演奏も好きだけど、大抵リピートしないからそこは現代の演奏のほうがいいね。
スウィトナーはリピートを励行したり、意外に最新の研究を取り入れたり、
習慣を従わず楽譜に書いてあるとおりに演奏させたり、往年のドイツの指揮者としては先進的だったね。
好きだったねえ。
0188名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 07:13:16ID:jqnwD+CY提示部はいいが、展開・再現部は勘弁してほしい
ループネタだが
0189名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 09:43:57ID:yIi0zv4xもし、第9に繰り返しがあったら別の作曲法をしただろうね。
すなわち、第9の冒頭には、作品の始まりという意識が強固だ。
だから繰り返しはあり得ない。
ブルックナー開始とはその感覚を引き継いだに過ぎないと思えるね。
0190名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 19:59:10ID:Ot1tC66V>だから繰り返しはあり得ない。
この2行は疑問。これだけでは首肯しづらい。
0191名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 21:02:54ID:BqFfnKBx>もし、第9に繰り返しがあったら別の作曲法をしただろうね。
まあ、わからないでもないが。
でもちょっと強引だろ。第9が違う曲になっていたらそもそも影響を受けていない。
0192名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 23:41:56ID:0mUfurXG構造的に一番カッコが入り込む余地がない。
シベリウス(特に4番以降)になると、もはやソナタ形式が崩壊している。
繰り返すか、しないかという問題など論外だった。
いずれにしても、ベートーヴェンの第9に繰り返しがないというのが、
後世の作曲家にとてつもない影響を与えたことは確かだと思う。
0193名無しの笛の踊り
2011/02/15(火) 23:51:34ID:4oyPPfgMこれは同意だな
おれはチャイコは日本では過小評価されていると思うよ
0194名無しの笛の踊り
2011/02/16(水) 08:59:55ID:Sik6eOpvもちろん。
タラの話だが、もし第9が作られず、あるいは第7や第8の延長線上で作られていたのなら、
当然ブルックナーの交響曲は全く違ったものになったであろう。
>この2行は疑問。これだけでは首肯しづらい。
36小節で冒頭の音形に戻ることを見据えての疑問かもしれない。
しかし、巨大な第1主題本体を取り去って、刻み部分を繋いでみるとドミナント・トニックの関係になっている。いわゆる解決を意味するようにも取れる。
また、展開部の始まりで冒頭に戻ることを見据えての疑問かもしれない。
ブラ4の様に、一瞬繰り返してるように聴かせて、実際は展開部へ突入しているという騙しのテクニックをわざわざ使っているのも、
逆に、曲の始まりを特別視して、その瞬間へ戻したくないという意識が強く働いていたからではないだろうか?
0195名無しの笛の踊り
2011/02/16(水) 11:26:51ID:bR+0pmgv>曲の始まりを特別視して、その瞬間へ戻したくないという意識
判るような気はするが、論議がありそう。実際ほぼそっくりにもどっているわけだから。
繰り返したと思わせて展開していくという、肩すかしの効果を考えたのではないか。
楽章全体のバランスを考えてくり返しを不要とするために冒頭と同じにした、とか。
0196194
2011/02/16(水) 13:32:03ID:Sik6eOpvブラ4は全くその通りだね。ベートーヴェンははたしてそうだろうか?
それよりも、ベートーヴェンは繰り返しというものの重みの大きさを常に感じていたように思う。
>楽章全体のバランスを考えてくり返しを不要とするために冒頭と同じにした
これもブラームスからベートーヴェンを推論するのは変だが、ブラ2が繰り返しを持っているように、バランスを考えて繰り返しを止めたのではないと思う。
ベートーヴェンがどのように考えて繰り返しを止めたかは、いろいろ議論があるとは思うが、
ブルックナーは、この曲から出発していることは確かだ。
「音楽は音が発せられる時に始まり音がなくなるときに終わる」という普通の考えから、ブルックナーはベト9の特別の冒頭に触発され
「音楽は音が発せられる前に始まり音がなくなってからも続く」という風な音楽を創り出そうとしたのではないか?
その結果、水墨画のように画面に全く手つかずの部分が存在感を示すのと相通じる音楽が出来上がったではないだろうか。
0197名無しの笛の踊り
2011/02/16(水) 22:23:26ID:CpMkjg580198名無しの笛の踊り
2011/02/17(木) 09:42:55ID:+QQAIr9b2回目の時に変化を加えてくれれば良いんだろうけど。
0199名無しの笛の踊り
2011/02/17(木) 19:54:16ID:qyGxtHe/進んできた道を一瞬でワープしてまったく最初に戻って仕切り直してからまたやり直し、みたいな気がして。
繰り返す効果があるのかな?
0200名無しの笛の踊り
2011/02/18(金) 01:55:16ID:dxw/GHt60201名無しの笛の踊り
2011/02/18(金) 21:32:51ID:AfQAXf3ZD960の1カッコにはやっぱり「効果」があるように思う。
0202名無しの笛の踊り
2011/02/19(土) 00:36:03ID:ohWnQ1Vrたとえそれが慣れた曲であっても、リピートがあると予定調和の世界へ戻るし、展開部へ進むと先行きの分からない
世界へと投げ出される。その瀬戸際がリピートの箇所。
この箇所を違った味わい(戻ると戻らない)で2回聴かせてくれた方が、単純に面白い。
ソナタ形式の形式感も俄然明確になり、古典であること、すなわちソナタ形式の規範性が立ち現れる。
繰り返しが効果があるから作曲家は繰り返しを付けているのであって惰性で付けているのではない。
それが分からないフルヴェンもベームもカラヤンも糞。
0203名無しの笛の踊り
2011/02/19(土) 09:10:03ID:dkqEXf0P0206名無しの笛の踊り
2011/02/19(土) 14:46:28ID:b87RGGHV予定調和ww
202の説によると、ブルックナーのような展開部も予定調和の世界では
繰り返し不要か・・・・
0207名無しの笛の踊り
2011/02/19(土) 18:14:06ID:4Va13eyYモーツァルトやベト5等の1番括弧のない曲は、何小節目からの部分なんでしょうか?
それって小(ry
くり返して戻ると「予定調和」なのか?まさかw
同じ曲を繰り返して聴くと予定調和だと
0208名無しの笛の踊り
2011/02/19(土) 18:31:52ID:srCDmzYS1番カッコの内容
分けて考えた方がよくね?
0210名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 01:40:44.42ID:rDLPrEND>>205の予言が現実になったようなレスだね。
まあ>>202も難しい言葉を出してあまりうまい文章だとは言えないのだろうが、
展開部は提示部と違って規則性がないだろうということを述べているだけで
繰り返すこと自体を予定調和と言ってるわけではないよ。
他人ごとながら、ちゃんと読んであげようね。
0211名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 07:34:00.95ID:jSHP/hQSこのあたりが「難しい言葉を出してあまりうまい文章だとは言えない」>>202と似ています。
そりゃないでしょう。
言葉の使い方はさておいても、
列挙した指揮者を批判できる素養を身に付けておいでのようには見えません。
0212名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 08:26:53.66ID:2cJM1Zne0213名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 09:05:22.64ID:6ToTNG86和声を変える
音域の移動
内声に動きをもたせる
などをやってくれると聴いてる側は面白い。
0214名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 09:24:48.42ID:qjP1Hy220215名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 09:38:42.00ID:llIGqxSvおれのカラヤンを糞呼ばわりとはいい度胸してるなッ!
0216名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 09:43:28.41ID:5vh/n4kN0217210
2011/02/20(日) 10:25:52.64ID:rDLPrEND【予定調和】
1 ライプニッツの哲学で、宇宙は互いに独立したモナドからなり、
宇宙が統一的な秩序状態にあるのは、神によってモナド間に調和関係が
生じるようにあらかじめ定められているからであるという学説。→モナド論
2 (日本社会で)小説・映画・演劇・経済・政治等広い範囲で、
観衆・民衆・関係者等の予想する流れに沿って事態が動き、結果も予想通り
であることをいう。「勧善懲悪の―を破った時代小説」「―の法案成立」
>>205が言うような結果になることが2ちゃんでは予定調和というんだね。
「2ちゃんの予定調和を破ったスレ」とはいかなかったようだ。
0220名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 14:05:45.32ID:Imz1J/gqメンデルスゾーンのイタリアとかで省略してるアンセルメとかバカだろ。
0221名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 14:10:42.38ID:VkohBgRq0222名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 20:22:38.06ID:HWaUbsIV前半の反復を省略している。すると、これって「バカ」か?
0223名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 21:32:48.69ID:6G3C1py10224名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 22:07:09.20ID:v+7yDfrq全く的外れなレス>>206>>207のお陰で>>210のいうように>>205の予言が当たってしまったね。
>たとえそれが慣れた曲であっても、
とわざわざ但し書きを付けているのに、同じ部分を繰り返すこと自体、あるいは知っている曲を聴くこと
が予定調和になると誤読するのは、ソナタ形式の理解以前というか、そもそも日本語の読解力に問題があろう。
ソナタ形式の提示部の構造はここではいわずもがなであるが、
調性からいえば、主調の確立(第1主題部)と属調への移行(第2主題部と小結尾、3度調などの例外はある)ということになる。
この構造は提示部の予定調和といってよいと思うが、「規定路線」と言い換えても良い。
この枠組みの中で行われるのは、いわばある人物の「性格」の提示であって、
曲によって提示部がさまざまであるのは、人の性格がさまざまであるのと同様なのであって、
それは彼が「もって生まれた物」なのであり、その意味で提示部とは「それ以外には無い」世界なのである。
しかし、そこで未だ彼は戯曲的な意味での「行動」を開始していない。
彼が「行動」しなければならない「世界」、その舞台が展開部であり、そこに至った瞬間には
「自由」へと投げ出されたことの「解放」とその裏腹の「不安」とが存在する。
リピート一歩超えたところに、そういった世界が「来た」ことを感得できない聴取者は、
リピートすること「自体」の味わいもリピートを「超え出る」ことの味わいも味わってはいないと断定できる。
0225名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 22:28:57.08ID:rDLPrEND他にもいくつかある的外れを差し置いて>>206を的外れとするのは、君の
論法から言って、ブルックナーを全く理解していないと見た。
ブルックナーの展開部は、まさに君の言う「予定調和」あるいは「既定路線」
なんだよね。ブルックナーの交響曲がみんな似ていると言われる最大の論拠
は各曲の展開部の類似性にあるんだよなあ。
と言っても、ブルックナーなどどうでもよい人にとっては、論外のことかも
しれないが・・・・
0226名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:12:25.69ID:Rjw6AZLlあんたが大声で叫ばなくてもみんな分かっていることだ。
予定調和が不適切な言葉遣いなのもみんな(以下略
あと、リピート省略することもあるバーンスタインにもあの世で言ってやれ。糞指揮者糞作曲家ってな
0227名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:19:08.98ID:v+7yDfrqブルックナーはそもそも提示部のリピートをしていないでしょ。
(それに>>226って何を言いたいのか、人に理解してもらうには舌足らず過ぎると思うよ。)
で、リピートが無い、その時点で古典から大きく逸脱しているので定型では語れないわけだ。
単なるリピートの有無という話ではなく、彼のソナタ形式の構造と本質とに関わっているのであって、
それがリピートが無いという結果に現れている。
私見であるがそれは、一つ目として、展開部の論理が提示部へと浸透しているということ、
二つ目としては、古典的な「行動」の論理(特にベートーヴェンでは顕著になった)より、バロック的な「存在」の論理のほうが
重視されていることに胚胎していると考えている。
0228名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:31:42.30ID:F9JPJhvZバカなの?
長文書けば意が通ずるとでも思っているのかw
0229名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:43:59.04ID:SCSV4PZz0230名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:46:59.17ID:yfo7bIXH0231名無しの笛の踊り
2011/02/20(日) 23:52:14.94ID:geeuw1kV複数提示される主題が対立的であっても予定調和とか言うのか?
自分(あるいは自分たち?)だけにしか通じないような(たとえ偉い音楽学者の著作で使われていたとしても)
符牒として使っているのはどうかと…
0232名無しの笛の踊り
2011/02/21(月) 00:14:38.12ID:4eoaJWKpくり返しを励行した演奏があってもそれを記録したメディアがあっても結構だが、それ以外の何者でもない。
>>224の最後の2行は余計だ。
リピート記号を超えたかどうかの問題じゃない。
0233名無しの笛の踊り
2011/02/21(月) 00:40:48.44ID:97sV6loO>>224を書いた人(流れ的に>>202も?)は
逆もまた真 が成立しない語りなんで、揚げ足を取られているっつーか…。
そもそも「古典」の使い方も少々おかしくないっすか?
>>202だって、かなり怪しい日本語だが、それを棚に上げて読解力を要求されてもな。
まあオレは粗漏とまでは思わんけどw
0234225
2011/02/22(火) 15:46:22.79ID:oNFudSYW予定調和とは、>>217のコピペの2、すなわち「水戸黄門」の世界のことを
君は言っているのだろう。
(他の人はもっと哲学的なものをその言葉から期待していたんだろうけど・・・)
それで>>225で、ブルックナーでは展開部も「水戸黄門」の世界だから『繰り返しが
ないことも頷ける』と、君の論を補完してあげただけなのに、なぜそこから
『古典から逸脱している』なんて飛躍が出て来るのかなあ???
『バロック的な「存在」の論理』というのがどういうものか知らないが、
少なくとも、ブルックナー音楽では、『存在』(既存の形式感とでもいおうか)
というものが大きなウェイトを占めているのは御説の通りだと思う。
0235名無しの笛の踊り
2011/03/24(木) 19:43:20.93ID:r4icPxf8物足りない。
0236名無しの笛の踊り
2011/03/24(木) 23:57:43.73ID:DFCrUX8Cブル8のアダージョ冒頭、あのリピートは不要だと思うんだ。
0238名無しの笛の踊り
2011/03/25(金) 18:23:03.46ID:zbLrDcE6オレとしては、フランクの交響曲の出だしも一回でいいと思うよ。
調がちがうというツッコミは置いといて。
0239名無しの笛の踊り
2011/04/04(月) 00:07:40.71ID:c7KOzmRT0240名無しの笛の踊り
2011/04/05(火) 18:11:17.96ID:WKKGVrkN第二楽章も
提示部と後半両方とも繰り返し記号が付いているが、
これをまともに行ってたら、これだけで20分以上かかるといわれてる
0241名無しの笛の踊り
2011/04/12(火) 16:23:23.09ID:IjUkfVhk0242名無しの笛の踊り
2011/04/12(火) 21:39:29.75ID:Gv9ytmKa全部聴いた訳ではないけど、最初の出会いは
デイヴィス&ボストンだったかな。スイトナー&
ベルリンで、今は結構聞いています。将に天国
的な長さかな。変だとは思わないが・・・慣れの
問題かもしれませんね。
0243名無しの笛の踊り
2011/04/13(水) 04:16:51.16ID:YKOFsi0s0245名無しの笛の踊り
2011/04/19(火) 00:31:17.04ID:bVxDYumW同じ音楽を繰り返し繰り返し、録音で聞く様な時代にあって、
ソナタ形式そのもののあり方も、変化して行くのが自然だろうね。
もはやソナタ形式とは言えない、という考え方でもいいんだろうが。
0246239
2011/05/05(木) 07:43:03.08ID:FZ+yxvHhその変化は、進化なのか、淘汰されるべきものなのか。
また、
その変化は、種の継続なのか、新種の発生なのか。
0247名無しの笛の踊り
2011/05/06(金) 19:33:37.42ID:DSNrQKa+(あるいは、逆のリピート機能)が付けられて、
リスナーの好みや気分で選べる時代が来るかもな。
0249名無しの笛の踊り
2011/05/19(木) 08:01:33.43ID:loX3uAKyそれとも前古典派にそのような例はたくさんあるのでしょうか?
0250名無しの笛の踊り
2011/05/19(木) 08:06:06.12ID:+hI/IAW30251名無しの笛の踊り
2011/05/19(木) 21:41:08.92ID:A0yDznIv何回聴いても違和感が。
0252名無しの笛の踊り
2011/05/21(土) 00:17:44.70ID:bbZVA0ITえーっ、そうなの?
俺はバロック的な均衡のとれた39番フィナーレだからこそ
後半リピートは必要だと思うんだ。
逆に後半リピートの無い演奏だと物足りない。
0254名無しの笛の踊り
2011/05/22(日) 07:16:23.24ID:6s1p1H8E0255名無しの笛の踊り
2011/05/22(日) 08:24:47.37ID:6s1p1H8E0256名無しの笛の踊り
2011/05/22(日) 15:21:39.27ID:ABOYcU+Sミサ曲でGloria in excelsisがQuoniam tu solusu sanctusで繰り返される伝統はどうですか。
Osannaでまったく同じ音楽を繰り返したり。
0257名無しの笛の踊り
2011/05/22(日) 15:56:09.04ID:07rrN3W90258繰り返しは自由裁量?
2011/05/23(月) 19:03:32.63ID:PeQbQ55A古典派当時の演奏って、一定の許容範囲はあるが、実はかなり自由に変奏したり、まあなかば演奏者(場合によって指揮者)の裁量で変化することが多かったらしい
カデンツァも一種のアドリヴといえる部分があるし、作曲者自身の演奏が、楽譜指定と異なるどころか、強弱なんか真逆だった演奏なども(その弟子などによって)伝えられたりしている
繰り返しをやみくもに省略したり、みだりに改変した演奏を推奨するものではなく、一定の節度を持つべきとは思うが、いろいろな解釈があってしかるべきとは思う
かくいう自分は、基本的にはオリジナル重視派だが…
オリジナル(古)楽器演奏の多くが楽譜にない装飾音を絶妙の節度をもって付加しているのも興味深い
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