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作曲家が提示部繰り返しに固執した理由とは、視点が全く違うように思う。

もちろん、お客様は神様で、そのためのさまざまな努力がなされたと思うが、
それは単純な繰り返しによって中身を水増しすることではない。
あの手この手で、退屈させないような努力がなされた。
例えば、ブルックナーの交響曲では、聴きやすくするための短縮やカットが
彼の特異な版問題に大きな影を落としている。

また、『重要な素材を提供する提示部の印象を強固にするため繰り返された』
という説も不可解。絵画などとは違って、時間芸術である音楽では、
繰り返しは聴衆にとって、形式的把握を困難にするだけである。