白人の真似ではなく日本独自のクラシック
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0001名無しの笛の踊り
2009/07/16(木) 11:55:59ID:nGywR+2H0181177
2009/08/04(火) 18:12:08ID:hr5aduhcならば、江戸時代に発展した邦楽あるいは、それ以前から存在する日本の芸能
に、室町時代後期に日本に渡来した西洋音楽の影響が顕著な形で現れていると
言うことを、明快な説得力をもって検証した論文なり研究書が存在しますか。
もし、そのようなものが存在し、私自身それを読んで納得できれば、いつでも
私は自分の考えを改めますよ。不明ながら私は、今のところそのような文章の
存在を知りません。是非、ご教授いただきたいと存じます。
0182名無しの笛の踊り
2009/08/04(火) 18:13:15ID:hZUz6PRe0183177
2009/08/04(火) 18:18:39ID:hr5aduhc学問・研究にとって必要なのは、確実な根拠に裏付けられた推定です。
それを、お忘れなく。
0184名無しの笛の踊り
2009/08/04(火) 18:36:47ID:cadSS+Htでも、江戸時代長崎の出島では結構頻繁に音楽会が
催されて大名(といっても長崎奉行?)も呼ばれて聴きに行ってたって
記録があるそうだよ。
あと遊女(花魁)は出入り自由だったから何らかの「流出」は無かったのかな。
遊女ったって当時の楽器演奏の「プロ」だからな。
耳コピでも「演奏」してたら愉快なんだがw
0185名無しの笛の踊り
2009/08/04(火) 19:49:21ID:wiqDFx0I0186名無しの笛の踊り
2009/08/04(火) 20:08:57ID:9aM8Yj9wサロメ役は18歳の音大声楽科入りたて
王様と母親と顔だけになって皿に乗せられるオッサンの役はまあ誰でもいい。
桶は多少上手いのな
リヒャッルトっぽく聞かせてくれる腕は欲しい
ヒャッヒャッヒャ
0188名無しの笛の踊り
2009/08/05(水) 00:20:46ID:YlbDFNyG類似性が見られるって話をしているよ。マジで。
0189名無しの笛の踊り
2009/08/05(水) 00:43:57ID:YlbDFNyG宗麟の理想郷の跡地、務志賀
この地名は、現在の延岡市無鹿(むしか)町に残されています。無鹿町の住民の間では、
この地名がポルトガル語の音楽「MUSICA」(ムジカ)から宗麟が名付けたと伝えられています。
http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/kyouyou/ningen/s_1652613.html
江戸の洋楽史(笠原潔)江戸時代になると、新たな西洋音楽の波が日本に流入してきた。その音楽とは
どのようなものであったか、それに関する史料にはどのようなものがあるか、また、そうした史料
は西洋音楽の実相を明らかにする上でどのような価値を持っているか、を紹介する。
美術については明らかに江戸時代に西洋絵画の影響を受けているわけだが。
0190名無しの笛の踊り
2009/08/05(水) 16:27:40ID:80FMyOI10192名無しの笛の踊り
2009/08/06(木) 00:03:42ID:yFmT+y14の流行歌を庶民が歌っていたそうだ。これが清楽だな。
0193名無しの笛の踊り
2009/08/06(木) 21:58:29ID:mj1exV7e0194名無しの笛の踊り
2009/08/06(木) 23:20:54ID:OiU4pDwK音楽の形式(純粋器楽の琴など)に影響を与えた可能性は高そう。清楽も明治
以降の演歌や流行歌には一定の影響を与えていそうだ。
0195名無しの笛の踊り
2009/08/07(金) 18:39:46ID:vTZIb2Vt一番新しそうなモノ(コト)を断続的に導入して来ただけでしょ?
導入元が一緒で偶々連続的に導入してたり、
導入元が変化しても世の流れ(西洋化とか)に合ってたから
表面的にあたかも進歩しているように見えるだけで。
これって果たして「進歩」と言えるのかな?
0196名無しの笛の踊り
2009/08/07(金) 18:46:10ID:ZYDsL1U9リスナーは面白い音楽を追うのみ
0197名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:29:01ID:ByozIiWq独自性とか進歩とかいう評価から独立ではないんだけどね。
自分の感性が誰の影響も受けてない独自のものだと思うのは
ややナイーブ。
0198名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:37:09ID:eyd/X/L7>自分の感性が誰の影響も受けてない独自のものだと思うのは
>ややナイーブ。
それは、あくまで一個人でしかない>>197が言うのは『僭越』だよ。
他者の感性の成立過程を、赤の他人が云々出来るはずが無い。
むしろ、こんなことに気付かない>>197自身がナイーブ(幼稚)な人間だと思うね!
0199名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:44:26ID:M6K6Zz67他者の感性の成立過程など当然分かるわけもないが
何の影響も受けてないってことだけはあり得ない。
まあ、だからどうした、って話だけどね。
0200名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:45:52ID:ht3IHWlJ0201名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:47:08ID:lxGx/hid0202名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 09:47:12ID:5wL4v6RW0203名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 10:00:37ID:5myBCmbmあんなのばかりだったら勘弁
0205名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 10:56:53ID:M6K6Zz67戦後みんなそれまでのことを忘れたふりをしたので、また同じことを繰り返したわけだ
(と俺は解釈してる)。
Naxosのシリーズは潰れたのかもしれないが、日本人の仕事はもっと多様なものの
蓄積があるわけで、その発掘と再評価をもっと進めるべき。
もしロシア人が「真にロシア独自の音楽とはイワン雷帝時代のものだ、いやタタールの軛
以前のものだ」などという議論ばかりしていたらチャイコフスキーもプロコフィエフも
生まれなかっただろうぜ…
0206名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 11:05:29ID:ebPSUKSc「日本独自」と言うならばこれは純邦楽しかない。
ということでもう既に存在しているので憂えずともよい。
もしもヴァイオリンやピアノで何かしたいということであるのなら
それは似而非西洋音楽もしくは折衷邦楽ということになろう。
もう少しマシな言い方を考えてやるとすれば「和魂洋才楽」だろうが。
0208205
2009/08/08(土) 11:09:42ID:M6K6Zz670209名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 11:15:22ID:lxGx/hidこのスレを最初から熟読したまへ。
代表的「純邦楽」にも実は西洋(南蛮)の影響が・・・って話も出てる。
0210名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 11:51:41ID:qTMqjkmF0211名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 12:41:56ID:YWr7UEp4ソースは?
0212名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 12:51:25ID:KJS/0/Kaだったらドビュッシーは西洋音楽じゃないの?
マーラーの大地の歌は中国歌曲なの?
印象派以降に西洋美術は存在しないの?
このスレの人達は馬鹿なんだね。
0213名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 13:48:37ID:MKQtsMvK日本独自って何よってことになってしまう。
呉服って言葉だって、「呉」の服だ。
0214名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 13:50:25ID:ByozIiWq不可能だし間違ってるんだって。
0215名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 14:59:20ID:QZfCdl69弥生時代の貫頭衣ってやつは、実は中国人が倭国の記録を書く際に創作したものなんだよなw
実は、その当時の日本は貫頭衣にできるほど幅広い布を織る技術がなかったw
だけど吉野ヶ里遺跡などから出てきた当時の服はたくさんの布を縫い合わせて、
ボタンがないだけで、かなり現在の服に似てたらしいよ。
襟のないシャツとか、プリーツスカートとか。男物らしいけどw
音楽もその時代の音楽を再現できれば日本独自なんだろうけど、
断片でも記録は残ってないものか……。
0216名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 15:38:49ID:+qBS8zV30217名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 15:43:11ID:M6K6Zz67馬鹿スレ化するのも自然の成り行きかtと。
0218名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 15:45:46ID:+qBS8zV3チャイコンなんて半世紀以上もロシアのど田舎音楽として馬鹿にされてた。
0219名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 16:57:05ID:lxGx/hid他国のイイトコ取りのコラージュ風音楽なんてのが
一番日本(人)らしい独自の音楽になるのかもしれんな。
0220名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 17:02:39ID:M6K6Zz67チャイコン馬鹿にしたのは対英仏コンプ裏返しの頭の固いドイツ人と
どこぞの国のドイツマンセー野郎だけだろw
0221名無しの笛の踊り
2009/08/08(土) 23:11:04ID:CCRh6+vE声楽と能の出会い ザビエルが伝えたキリシタン音楽
当時の日本音楽の主流は能楽。これと聖歌の融合はあったのか。能とキリシタン
音楽の融合も示唆した堂本正樹氏の新作舞踊「安土切支丹能」は、鋭く魅惑的だ。(米原範彦)
0222名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 13:58:23ID:YBYUiCFS残念ながら、梁塵秘抄に採取されている今様は旋律が残されていない。
もし残っていれば、有名な静御前が、源頼朝と北条政子の前で唄いながら舞った
ときのメロディーも分かるのだが、当時の日本に記譜法が無かったので、如何とも
し難い。痛恨の極みだ。
0223名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 15:18:28ID:pw6fI6v40224名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 18:58:50ID:IITs/am3ピュタゴラス以来の2000年以上のもの間、
ただの一芸術以上に地位が高い、貴族として必修の「学問」の一つに位置づけられていた。
一方、日本では貴人が第一に学ぶべきものは和歌・漢詩であって、
音楽は芸術としては詩歌より格が低かった。そのため学術的には発達しなかった。
明治以降、日本の上流階級が、雅楽よりもより洗練されたクラシックを志向するようになったのは、
当然の流れである。といえよう。
0225名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 19:23:10ID:DXc+8Ebb失礼、塵芥抄(桃山時代)だった。これは五声が付いているので
旋律が判明している。
0226名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 19:42:35ID:oiSCR9Qu自由七科でいう音楽って実際の音楽とは結構ずれてたんじゃね?
ぐぐった位ではよくわからんけど(^^;)
0227名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 22:43:02ID:IITs/am3Musica Instrumentalis(実際の音楽)は
Musica Mundana(宇宙の気)およびMusica Humana(人の気)と調和するために
必要なものとして考えられていた。俺もそれしか知らんけど。
0228名無しの笛の踊り
2009/08/09(日) 23:44:09ID:CjeUTbaDその考えから派生して行われたと思われる安土桃山の
セミナリオの教育の事をちょっと気になって調べてるけど
楽器の演奏法とか技術的な事を教えてたってのは分かるけど、
理論とか創作(作曲法)みたいのまで教えていたって言ってる論は
見た事ないんだよね。
たしか日本で伝統的に教わる機会(機関)がなかった
体操(体育)と音楽には力を入れてたはずなんだが。
まぁ調べてるったって、ちょこちょこググッてるだけだから
分からんのかもしれんが。
0229名無しの笛の踊り
2009/08/10(月) 00:50:27ID:bwy/YG3Q■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています