ロ短調は一つの主題を回りながら、結論へと導かれる
ソナタにも似た楽曲じゃん。勢い、瑞々しい生命感が必要だろ。
マタイはコーラスの頂点が存在する注意深く、敬虔(キリスト教的意味ではなく)な
解釈が必要な楽曲だろうに。あれを古楽器奏者的アプローチをしても、
神々しさは見えてこない。

ミサ曲の歴史がどうの言ってるけど、
バッハレベルの人間が、既存の形式や様式に縛られるわけないじゃん。
それは他の楽曲を見ても明らか。