今日の日経の夕刊にトランペット奏者の日野皓正氏が、レイトの自分の
我が意を得たりという内容を書いていた。
それは、

音楽は人間がやるんだから、人間をはぐくめば音楽もうまくなる。

ということ。
上で話題になっている13歳の女の子の演奏など、テクニックはどれほど
完璧なのか知らないが、全然感動を与えない。ただ左手の指が何やら
チョコマカと異常に早く動くというだけのこと。

やはり、音楽は人間だ。演奏に人間性、深い精神性が込められてこそ、
聴く人を感動させることができる。お子ちゃまの演奏には求めるべくもない。
そこへ行くと我々レイトは、演奏に自分のこれまでの生きざまのありったけを
込めることができる。
「音程」がどうのとか「ボーイング」がどうのとかいう枝葉末節の技術論を
超越した次元にこそ、我々レイトの独壇場がある。
レイト一人一人の人生劇場の思いのたけを込めて、思い入れたっぷりの
スライドビブラートでバイオリンがむせび泣けば、聴く人も思わずほだされて
ほろり。
これこそがまさにレイトにしかできない心の名演奏。魂の名演奏。
まこと、音は人なり。
「音程」や「ボーイング」が音を作るのではない、弾く人間が音を作るのだ。