>>111のつづき
私はいつも好んでモーツァルトがマンハイムから父親に宛てた手紙のことを
思い浮かべるんだが、彼は、自分の交響曲ハ長調の演奏に二十名も
ヴァイオリン奏者が使えるなんてとてもうれしい──おまけに小さなホールで!
と書いている。それなのに今、演奏様式上、唯一の正しいやり方は、
フィルハーモニー・ホールで四名のヴァイオリン奏者とともに
ステージに立つことだといいたいのだろうか? じつにばかげている。
(質問者)けれども、近代的な演奏手段を用いることで、モーツァルトが濃厚で
 甘ったるくなり、ブラームスのようになってしまったことは確かではありませんか?
 ゆったりしたテンポ、大きなヴィブラート……。
(バレンボイム)ヴィブラート、ヴィブラート! 歌手たちがあいかわらず
ヴィブラートを使っているというのに、ガット弦の美徳を説くことが
なんの役に立つのだろう? まったく無意味だ。問題にすべきなのは、
私たちがこんにち手にしている手段を、責任あるやり方で、
どのように使えるかということだ。