こういうの見つけた。
http://karlrichtermunich.blogspot.com/search/label/1-English

真ん中から下の辺りに「カール・リヒターと彼のアンサンブルは、1956年から1964年までアンスバッハのバッハ週間に参加し、
以後はミュンヘンで自分たちのバッハ音楽祭を開くことを決めた」みたいなことが書いてある。
アンスバッハ・バッハ週間管弦楽団のクレジットがあるカンタータのCDも確認したが、録音は1959年7、8月のアンスバッハか
もしくは1961年7月のハイルスブロン(アンスバッハ近郊)。つまり、夏の音楽祭シーズン中の演奏ということだ。
どうも、ミュンヘン・バッハ管弦楽団とアンスバッハ・バッハ週間管弦楽団の正体は同じだったくさいね。
バッハ週間に参加して演奏するときだけ、ミュンヘン・バッハ管がアンスバッハ・バッハ週間管を名乗ったのではないかな。

なんでオケだけがアンスバッハ・バッハ週間管で、合唱団はミュンヘン・バッハ合唱団という表記なのかという謎は残るが、
もう少し下の方読むと、オケのメンバーはやっぱりヨーロッパ各地からプロのソリストを集めていたようだから、
音楽祭のためにアンスバッハに集まる際には、オケの名前にミュンヘンを冠しない方がいいと判断したのかもしれない。
合唱団の方は元々アマチュアのミュンヘン市民ばかりだからOK、ってことで。


ちなみに俺はリヒオタではない。どっちかと言うと古楽オタに近い。