二流指揮者カラヤンを今こそきちっと葬るスレ
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0001それなりのカラヤン支持者
2008/06/16(月) 16:00:07ID:0cnMO6xI今のところ、その作戦は功を奏し一部の熱狂的なカラヲタを生んだが
カラヤンと同世代に生き、カラヤンの生演奏を何回も聴いた経験から
すれば「えっ?カラヤンってそんなに凄い指揮者だったの?」という
感覚から抜け出せない。カラヤンは管弦楽がキラキラと美しく響き
フォルテでは馬鹿でかい音をだした。旋律線はレガートで装飾され
リズムは早く颯爽と爽快だった。しかし、しかしである。
ただ表面だけをピカピカに磨いていただけの音楽ではないか?
曲にひそむ深さとか凄さとか面白さとかは全然提示することなく、
すべてカラヤン節。そこには曲に対する尊敬も畏敬の念もない。
若い世代のカラヤン好きを認識の上 ここに 一応の決着を付けよう
ではないか。言いにくい事も多々あると思うが。
0729名無しの笛の踊り
2008/07/06(日) 19:20:25ID:9+nykKXC昔、山崎浩太郎氏がHMVのフリーペーパー(はんぶる)の中で
カラヤンの欠点について書いてたが、
非常に納得した覚えがある。
今ホームページで見られる。
ttp://www.saturn.dti.ne.jp/~arakicho/vimgtext1.gif
ttp://www.saturn.dti.ne.jp/~arakicho/wien60/vimgtext600801.gif
上段も下段も結局同じこと(活き活きと弾まぬリズム)に行き着くと思うが、
晩年(デジタル録音期)は特にひどいと思う。
下段だと、たとえばアルビノー二のアダージョとか、
悲しきワルツとか聴くと、もろそんな感じ。
BPOの威力も相まって、過剰なまでの重々しさ、息苦しさ。
今だとエッシェンバッハとか(芸風は別)こんな感じかな(続)。
0730729
2008/07/06(日) 19:21:28ID:9+nykKXC「そしてよく言うのは呼吸をする(器楽の演奏者であっても)ということです。
音楽では歌が基本です。すべて呼吸とともに演奏されなければなりません。
もちろん指揮者も同様です。呼吸のできていない指揮者や演奏家は、
身体を全く動かさずに手先だけ動かしてしまう。これでは音楽は伝わりません。」
ttp://www.kanagawa-arts.or.jp/artspress/kap_cv_0703.html
カラヤンの指揮自体まさに
「身体を全く動かさずに手先だけ動かしてしまう」系じゃないか。
特に晩年は動かそうにも思うように動かなかったし。
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