モーツァルトが晩年に(ウィーンで)不人気だったって話、実際はどうなの?
1780年代半ばまでの彼の人気って、ほとんどは鍵盤奏者としての評価だったわけですよね。
作曲家としてのモーツァルトの評価はたっぷり10年かけて漸進的に上がってきたと考えた方が
しっくりくるような気がするのですが。

>モツが最初に書いたせいで、もう手出しできなくなった協奏曲とか分野が
これ書き方が良くないですね。
例えば、
「それ以前、以後にも存在したが、モツが書いたせいで迂闊に手を出しにくくなった分野」
とすれば確実にいくつか挙げられますね。
弦三、弦四、弦五、クラ五、四手鍵盤曲、(交響的な)協奏曲などですかね。
他にもあるかもです。

ただ、こういう話はハイドン・モーツァルトレベルの作品を指向する作曲家にとって
のものでしょうから、なんとも言いづらい部分があります。
スレちスマソ。