悲愴を聴くとき、トスカニーニのステレオの悲愴に慣れたせいで、第三楽章のモノラルに変わるところで、つい反応してしまう。
フルトヴェングラーの運命も、何回も聴いていてミスが刷り込まれてしまった・・・w