タイトルどおり。何故かといえば、
一、現時点発展に寄与する作曲家がいない。
というのも、現代音楽が次第にクラシックに含まれるのは当然だが、
前衛のほとんどが盲目的にセリエル音楽を追及しており、他の可能性を見出そうとしない。
セリエル音楽それ自体はとても魅力的であるが、それは音楽の可能性の『一つにしか過ぎない』
複雑性も結局はセリエル音楽の枝葉であり、人の聴覚に限界がある以上、それそのものの展開にもやはり限界がある。
調性音楽の脱却から始まった訳だが、それ自体は極論を言えば無調の誕生により達成されたのだ。
だからこそ今、新たな可能性を模索すべきではないか。という一点。

二、庶民の嗜好、及び志向
今の子供は大衆音楽を聴いて育っている。音大に行って大衆音楽に携わると考える人も少なくない。
その者の夢なのだから否定はしないし、大いに奨励するが、それによってポピュラリティーを得ることを
目的としないクラシック音楽へ志す者の割合は減っていくであろう。


言いたい事は言ったから後は適当に語ってくれ