モーツァルトはたしかに「別格」だが、ハイドンも実はとんでもない奴だったら
しい。故・岩城宏之の著書から、ハイドン評を引用。
 「ハイドンの交響曲の暗譜は、お手上げである。『びっくり』とか『時計』等の
第二楽章ならできるが、この人の第一や第四楽章は、百いくつかの交響曲の
全てが、あまりにも複雑すぎる。聴いているとごく自然で、憶え易そうだが、ほ
とんどのフレーズが八小節などの単位では割り切れず、お互いに入り組んで
いる。さすがに天才中の天才である。」

 聴いている人には少しも物凄い奴だと思わせないで、実は恐るべき仕事を
しているハイドンのようなのが、本当に本物の「別格」なんだろう。(自分もわざ
わざスコアを読んで調べる気はないのだが。)
 彼と同時代を生きて彼と交流し、師事したモーツァルトやベートーヴェンなら、
ハイドンの化け物のような正体を見抜いていただろう。
 そして、「俺にはハイドン先生のような仕事は不可能だ。だから俺は…」という
わけで、モーツァルトが選んだのが、彼の晩年の多声音楽回帰(ジュピター、レ
クイエム等)、ベートーヴェンが選んだのが「エロイカ的転回」以降の彼のスタ
イル、ということになるんじゃないだろうか。