>>172に感謝しながらダウンロードする合間に>>170に言いたいのだが、
では>>170はそのゴドフスキーのレコード録音を聴いたのか?ということだ。
彼自身にとっては不如意な録音であったかもしれない、でもその演奏が心を打つ
ものであったらどうだろう。このような例は、たとえばフルトヴェングラーや
フーベルマンなどSP時代の録音に抵抗を抱きながらもレコードを残した人々の
演奏にも通じると思うのだが。
>>170であげられた言葉は文脈からするとコロムビアへの電気録音の時期のものの
ようだが、たしかに同時期の演奏は老いが覆い隠せない。弛緩している。それでも
ノクターンは素晴らしいと思える箇所がある。

私がいいたいのは1925、26年頃の米ブランスウィックへの録音で、それらには
張りがあり、回想で言われているような精神的な辛さは感じられないように
思います。私観なので恐縮ですが、SP時代のピアノレコードでもすばらしいものの
ひとつです。