J・S・バッハは作曲家として過大評価されている
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0049名無しの笛の踊り
2005/09/03(土) 05:08:52ID:3i4qlRR4>ヴェルクマイスターもキルンベルガーも調によっては対応できないよね
対応できないと言うよりも、#や♭の多い調になればなるほど明らかな調性格が出てくる。
バッハは「平均律[誤訳]クラヴィア曲集」では、当時の最も先進的な調律法とされた
ヴェルクマイスター律やキルンベルガー律が持っている調性格を、強く反映した曲想を作る
苦心をした。最初の4曲(C調とC#調)を聴き比べるだけでも、この点は明らかだ。
彼の頭には、調性格の存在しない平均律というコンセプトはそもそも無かった。
平均律が鍵盤調律として実用化されるには、バッハから250年を経た19世紀末までかかる。
平均律という「全ての音程が少しずつ狂っている」調律法に、演奏家・作曲家たちは
それ程に強烈な抵抗を続けたということだと思う。
全ての調性で作曲するという発想のルーツがバッハにあるという点には大いに同意するが、
そこから平均律に至る道のりは長く、ロマン派に至って、曲中それもフレーズの途中ですら
自由に転調する作法が主流になって初めて、鍵盤を平均律に調律するデマンドが生まれた。
バッハが平均律のルーツになった、とは到底言い難いと思う。
もちろん、だからといって、JSバッハの偉大さが否定されることには全くならない。
余談だが、平均律の数学的記述は、恐ろしく古くから知られていたらしい。例えば紀元前の
古代中国にも、「2の12乗根」に基づく調律法の文献がある。
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