J・S・バッハは作曲家として過大評価されている
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013449
2005/09/09(金) 13:45:48ID:pU+zHWtc>だからさぁ、どっちかが破綻するような組合せで続けて弾くようなとを
>当時はしてないってことじゃないの?
>もし1と3を続けて弾くなら1の後に調律替えをするでしょ。
いや、それはさすがに当時の演奏家もしなかった。ていうか、平均律(誤訳)クラヴィア曲集は、
途中で調律を替えるなんて事は想定して書かれていない(もしそうなら、こんな題名は付かない)。
>>127
>調性格のはっきりしている調律だったらどっちかの曲が美しく響くことになるよね
というより、両者とも美しいのだけど、違った種類の美しさを持った響きと言った方が良いかも。
古典調律での1番の、どこまでも清涼素朴な響きに比べて、古典調律で3番を弾くと、独特の
硬質な明るさを持つ響きになる。これは、ヴェルクマイスターではC長調等は3度がより純正律に近い
のに対し、C#長調等はよりピタゴラス律に近くなるからだ。バッハはクラヴィア曲集のそれぞれの
音楽に、12x2の調性をランダムに割り振ったのでは決してない。
なんなら、今どきの電子ピアノは、古典調律にワンタッチで切り替えられるのが多いから、
ヴェルクマイスター等に設定して1番3番etc.を試してみたら良い。バッハの意図が見えてくる。
とはいえ、全ての調でこのような調性格を「楽しめる」ことこそが、ヴェルクマイスター等の
新調律法の利点だった。ミーントーン律の鍵盤では、調性格うんぬん以前に、#♭の多い調は
ウォルフがもろに出てきて全く使えない。当然のことながら、バッハはオルガン曲ではウォルフに
非常に気をつかって作っている(時には、逆にフォルフをギャーっと入れて、濁った効果を求めたり
もしているが)。
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