>>77
亀レスでスマソ。

>平均律の数学的概念は当然バッハ以前からあったと思うのだが。
>・・・それをあえて使わなかった理由は何だったんだろう?

一番の理由は、やはり完全5(4)度も長短3度も、全てが純正でなくなってしまう
という平均律の宿命を、演奏家や作曲家が受け入れるのに数百年かかったっていう
ことなんだと思う。まぁ、一種の美学的理由と言えるのかな。

ベートーベンもスカルラッティもショパンにしても、彼らが活躍していた当時には、
演奏用(作曲用)の鍵盤楽器が平均律で調律されることは(学術的・実験的な調律は
除いて)まず無かった。

>ショパンはどうなるんだ、曲によって調律変えて弾いていたわけではないだろう。

おっしゃるとおり、例えばショパンは同じ曲のなかで凄い遠隔調に飛んだりする
(エチュードではバッハの真似をして、12の調性全てを順番に使って書いてる)。
だが、そういう転調部分では、必ず曲想がガラッと変わっていることに気付く。
それは、バッハと同じく、各々の調が、調性格を持っているという大前提で作曲し、
それを逆に生かそうとしているからだ。

それが、例えばドビュッシーまで下るとガラリと変わってくる。彼の曲が、半音階的な、
古典的には遠隔調への転調を繰り返しながらも淡い水彩画のような雰囲気を保つのは、
調性格の存在しない平均律を想定して作曲しているのも一因だと思う。また、だからこそ、
彼らの和声書法は、後にモダンジャズなどへと受け継がれていったのだと思う。

19世紀末期に平均律が一般的になるまでの古典派〜ロマン派の時代に、彼らが
具体的にどの古典調律を使っていたのかは、俺は知りません。