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【生誕130年】ピエール・モントゥー【没後41年】

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0001名無しの笛の踊り2005/05/13(金) 21:00:43ID:bln5S1pp
今年生誕130年を迎えたフランスの巨匠、モントゥーについて語るスレ。

《生誕130年記念発売》
ユニバーサル クラシック文庫 [ピエール・モントゥー編]
http://www.universal-music.co.jp/classics/release/m_topics/umcl200504/pierre_monteux/pierre_monteux.html

《前スレ》
ピエール・モントゥー(1875-1964)
http://music4.2ch.net/test/read.cgi/classical/1097794520/l50

《過去スレ》
【没後40年】ピエール・モントゥー【両翼配置】
http://music4.2ch.net/test/read.cgi/classical/1074398320/l50

0079名無しの笛の踊り2005/07/22(金) 13:08:27ID:al4uFNjy
まあ初演したからエライってこともないが。
作曲家との結びつきや支援がどれほどできたか、
という点で、クーセヴィツキーやアンセルメの方が上だろう。
それは経済的に恵まれていたのと、地の利があったことによる。
指揮者としての評価はまた別だ。
0080名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 13:42:44ID:zklUoB8I
来日した指揮者のうちで、歴史的な重要性と言う点では、
ワインガルトナーに次ぐというところでしょうか。
0081名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 13:52:11ID:k4yhpo5Z
カラヤンが戦後来日した。
あれも重要

ジョージ・セルの来日
も意義深い(SONYがそのときのライヴを「定番CD」にした)

0082名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 13:56:22ID:+Yjg5Z2x
>80
大雑把すぎ…。
0083名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 15:08:03ID:zklUoB8I
初演が絶対重要てワケじゃありませんが、
ハルサイやダフニスの初演者が日本に来たことに感心してしまいます。
丸一日かかった時代にです。
それに比べると、
単にどこかの著名オケの指揮者だったって以外に、音楽史上で、
カラヤンって何した人?セルって何した人?
他にミュンシュ、ベーム、ヨッフムなど、一流指揮者に違いありませんが、
まだしも挙げるなら、モントゥーに次ぐのは
アンセルメかムラヴィンスキーではないでしょうか。
0084名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 18:09:07ID:i4EFhEWq
>>83
ミュンシュに関しては再考を要求する。
0085名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 19:12:54ID:VBJ9x/9f
ミュンシュはプーランクのオルガン協奏曲、メシアンのアサンシオン、
それになんといってもオネゲルの3番と5番を初演してるからなあ。
ベームはR.シュトラウスの無口な女とダフネってのがある。
カラヤンは…うーん、オルフの「アフロディーテの勝利」とか
「時の終わりの劇」じゃちょっと弱いか。
0086名無しの笛の踊り2005/07/23(土) 20:50:10ID:lo9+7H3p
>>83
初演が多い著名指揮者であれば、バーンスタインもね。
0087名無しの笛の踊り2005/07/24(日) 08:28:19ID:ghKALxot
>>85
デュティーユの2番「ル・ドゥーブル」とマルティヌーの6番も<ミュンシュ
0088名無しの笛の踊り2005/07/24(日) 08:49:37ID:0IwW1wxE
何でも初演が多いことが自慢になるわけじゃありません。
初演した曲や作曲家が問題でしょう。
モントゥーもフランス6人組の初演はしていますが、
彼らとラヴェルじゃ格が違います。
初演を問題にすることは、指揮者としての手腕や経歴とは別のことで、
共に歩んだ作曲家とその時代の重みです。
その意味で、モントゥーはメンゲルベルクやワルターと並べられる人であって、
戦後に名を成した人たちと一緒にはなりません。
その人たちを軽んじているのではなく、
歴史的、時代的な位置付けで比べてのことです。
0089名無しの笛の踊り2005/07/24(日) 10:18:30ID:tNiPquzs
>>88
全く同じ言葉を返そう。
それこそミュンシュは、戦中、戦後と6人組やその後のフランス音楽の発展を演奏面から支えた。
また、バーンスタインはアメリカの作曲家と共にずっと歩んできた。
新たに付け加えれば、ボールトは常に自国の作曲家に支援の手を差し伸べ、演奏面の支えばかりか
精神的な支えにもなろうと努力した。

逆に言ってみればモントゥーは、偶々ラヴェルやストラヴィンスキーの初演を行ったに過ぎない。
こんな言い方はしたくないが、>>83の言い方に習えば指揮者としての「格」はモントゥーは一段落ちる
といわれ
0090名無しの笛の踊り2005/07/24(日) 10:25:57ID:tNiPquzs
途中で切れてしまった失礼。
こんな言い方はしたくないが、>>83の言い方に習えば指揮者としての「格」はモントゥーは一段落ちる
といわれても仕方ないんじゃないか?

でも、モントゥーは偉大だったのは紛れも無い事実、初演した作曲家の「格」で区別するようなことは
もう止めよう。下らない議論だとは思わないか?
0091名無しの笛の踊り2005/07/25(月) 19:58:56ID:3gY6njYE
モントゥーは、フランス語で言う「ボン・ヴィヴァン」、
充実した人生を、かつ大いに楽しみ満喫した
指揮者だね

その点、ハプスブルク皇帝の落胤クレメンス・クラウスだの
大富豪トーマス・ビーチャムだのと似ているが

音楽が贅沢でありながら放蕩三昧って
感じに堕さないところが、美事なんだよね

作曲家の経済的・精神的援助ってのは
たしかに上の諸氏ほどにはしなかったかも知れない

にもかかわらず、その事で、音楽の内容が薄まることがないのが
貴重、あるいは奇跡的だよね
0092名無しの笛の踊り2005/07/25(月) 21:06:39ID:D1CyL6hF
おい、ストコも忘れないでくれよw
0093名無しの笛の踊り2005/07/25(月) 21:17:28ID:3wEZ/jRX
>>92
確かに武道館をメッカにした功績はでかいな。
0094名無しの笛の踊り2005/07/26(火) 09:24:54ID:qX3E0C58
作曲家の支援ではアンセルメの方が上だし、
日本に来なかったがクーゼヴィツキーがダントツに優る。
モントゥーは作曲家支援どころか、
オケ自体の再建、募金、経済援助獲得に奔走しつづけた方だ。
それをもって格付けするというのも浅はかな話だな。

ミュンシュがパリで指揮者デビューした時には、
グノーもサンサーンスもドビュッシーも死んじゃってて、
ラヴェルももう最晩年だったからね。既にひと時代終わった後なんだ。
モントゥーなど彼等と交わって活動していた人とは並べられないよ。

もっともモントゥーの活動も春祭の一件以外は忘れ去られて、
春祭だけの人なんて思われているのだろう。

ストコフスキーはありだねえ。彼を忘れちゃいけないよ。
0095名無しの笛の踊り2005/07/26(火) 18:53:34ID:J3HchVl5
モントゥは、クワルテットのヴィオラ奏者として、
ブラーーームスや、シベリウスに
目の前で演奏を聴いて貰ったんだよね!

0096名無しの笛の踊り2005/07/26(火) 19:38:39ID:H5P0Q4m2
表記間違いすぎ
0097名無しの笛の踊り2005/07/26(火) 22:33:02ID:wGtcmQAh
シベリウスじゃなくてグリーグじゃなかったか?
0098952005/07/27(水) 18:58:05ID:P86I9tiu
>>97 御意! グリーグだ
0099名無しの笛の踊り2005/07/29(金) 00:19:43ID:StuMRAx6
妖精の園、聞いてます。
霞をまとった半裸少女の群舞を
目を細めて眺めるモントゥ翁
って風情
0100名無しの笛の踊り2005/07/29(金) 18:47:12ID:yHLb23Gl
100ゲト
0101名無しの笛の踊り2005/08/03(水) 02:59:14ID:uNJDhO+o
「10年後のピエール・モントゥー」保守。
0102名無しの笛の踊り2005/08/06(土) 06:20:06ID:Hs1n4cvM
写真の風貌から、温厚で愛想の良い人物に見られがちだが、
「非社交的で周囲と打ち解けることが少なかった。
そこを直して、もっと多くの友人をもてばよかった。」
というのがモントゥー自身の述懐で、
ボストン響時代は「冷血魚」というのが彼のあだ名だった。
この時期の彼の活動に比べ評価が低かったのは、
そんなことも一因かもしれない。
0103名無しの笛の踊り2005/08/06(土) 22:50:26ID:AQtUKl3E
ロンドン時代は道行く人々から「パパ・モントゥー」と声をかけられ親しまれたそうだ。
0104名無しの笛の踊り2005/08/07(日) 03:44:12ID:ikhqAvy1
サンフランシスコ時代は、サンタクロース姿で指揮したりして、かなりノリがいいおっちゃんだと思うが。
ボストン時代は楽員のストライキでエライ立場に立たされたことがあったから、「冷血魚」と呼ばれた
気もするがどうだろ。

ああ、未だにモントゥーの蟹ボックス買っていないや…Orz
0105名無しの笛の踊り2005/08/08(月) 12:20:45ID:OPVaHRSF
これは全くの想像ですが、ボストン時代までのモントゥーと、
それ以後で人当たりが変わったとすれば、ドリス夫人の影響かもしれませんね。
0106名無しの笛の踊り2005/08/10(水) 20:22:57ID:O7Jq2wWr
HO
0107名無しの笛の踊り2005/08/12(金) 17:11:10ID:5BWXO+1q
モントゥーより前の指揮者
ハンス・リヒター 1843-1916
アルトゥール・ニキシュ 1855-1922
フェリックス・モットル 1856-1911
ロベルト・カヤヌス 1856-1932
カール・ムック 1859-1940
グスタフ・マーラー 1860-1911
フランツ・シャルク 1863-1931
フェリックス・ヴァインガルトナー 1863-1942
リヒャルト・シュトラウス 1864-1949
アルトゥーロ・トスカニーニ 1867-1957
マックス・フォン・シリングス 1868-1933
ヘンリー・J・ウッド 1869-1944
ウィレム・メンゲルベルク 1871-1951
レオ・ブレッヒ 1871-1958
ジョセフ・ストランスキー 1872-1936
セルゲイ・クーセヴィツキー 1874-1951
ピエール・モントゥー 1875-1964
0108名無しの笛の踊り2005/08/12(金) 17:18:06ID:5BWXO+1q
モントゥー以前で、今私たちが録音で身近に接することができるのは、
トスカニーニと、あと僅かにメンゲルベルクとクーセヴィツキーでしょうか。
0109名無しの笛の踊り2005/08/12(金) 17:20:11ID:5BWXO+1q
モントゥー以後1890年生まれまでの指揮者
ブルーノ・ヴァルター 1876-1962
アルトゥール・ボダンツキー 1877-1939
トゥリオ・セラフィン 1878-1968
トーマス・ビーチャム 1879-1961
フォルクマル・アンドレーエ 1879ー1962
カール・シューリヒト 1880-1967
アルバート・コーツ 1882-1953
トゥリオ・セラフィン 1882-1953
レオポルド・ストコフスキー 1882-1977
ヘルマン・アーベントロート. 1883-1956
ヴァツラフ・ターリッヒ 1883-1961
エルネスト・アンセルメ 1883-1969
アルベール・ヴォルフ 1884-1970
オットー・クレンペラー 1885-1973
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー 1886-1954
ポール・パレー 1886-1979
フレデリック・アドラー 1887-1959.
フリッツ・ライナー 1888-1963
ハンス・クナツパーブッシュ 1888-1965
エイドリアン・ボールト 1889-1983
フリッツ・ブッシュ 1890-1951
エーリッヒ・クライバー 1890-1956
0110名無しの笛の踊り2005/08/12(金) 17:26:21ID:5BWXO+1q
例外もありますがぐっと身近になります。この辺に境目があるんだなと思います。
でもこの中で来日したのは4人だけです。
0111名無しの笛の踊り2005/08/13(土) 00:48:37ID:DRsVW4KC
モントゥーより前の指揮者
エドゥアール・コロンヌ 1838〜1910
エドワード・エルガー 1857〜1934
カミーユ・シュヴィアール 1859〜1923
マックス・フィードラー 1859〜1939
ウォルター・ダムロッシュ 1862〜1950
ガブリエル・ピエルネ 1863〜1937
ハンス・プフィッツナー 1869〜1949
ヘンリー・ウッド 1869〜1944
オスカー・フリート 1871〜1941
アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー 1871〜1942
ジークムント・フォン・ハウゼッカー 1872〜1948
フレデリック・ストック 1872〜1942
セルゲイ・ラフマニノフ 1873〜1943
ランドン・ロナルド 1873〜1938
セルマール・マイロヴィッツ 1875〜1941
ピエール・モントゥー 1875〜1964

モントゥー以前で、今私たちが録音で身近に接することができるのは、
フリートと、あと僅かにラフマニノフとエルガーでしょうか。
0112名無しの笛の踊り2005/08/13(土) 00:49:43ID:DRsVW4KC
モントゥー以後1890年生まれまでの指揮者
ワルター・ストララム 1876〜1933
パブロ・カザルス 1876〜1973
フィリップ・ゴーベール 1879〜1941
ルネ・バトン 1879〜1940
ハミルトン・ハーティ 1879〜1941
ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー 1880〜1960
ロベルト・シュトルツ 1880〜1975
デジレ=エミール・アンゲルブレシュト 1880〜1965
ニコライ・マルコ 1883〜1961
クラウス・プリングスハイム 1883〜1972
レオニード・クロイツァー 1884〜1953
サミュエル・サモスード 1884〜1964
デジレ・デフォー 1885〜1960
ヴィットリオ・グイ 1885〜1975
アルトゥール・ローター 1885〜1972
ガブリエル・サンティーニ 1886〜1964
山田耕筰 1886〜1965
ロベルト・ヘーガー 1886〜1978
ジョルジュ・ジョルジェスク 1887〜1964
フェルディナント・グロスマン 1887〜1970
ベルンハルト・パウムガルトナー 1887〜1971
ウジェーヌ・ビゴー 1888〜1965
ハンス・フォン・ベンダ 1888〜1972
ピエロ・コッポラ 1888〜1971
ルドルフ・マウエルスベルガー 1889〜1971
マンフレート・グルリット 1890〜1972

例外もありますがぐっと身近になります。この辺に境目があるんだなと思います。
でもこの中で来日したのは・・・ん?さすがにわからん
0113名無しの笛の踊り2005/08/13(土) 16:42:11ID:MVDmm0u0
ベト全あまり期待しないで最後までとっておいた第九を聞いて驚愕。
全集中の白眉。フルトヴェングラーの対極を張る名演と思った。
とくに真ん中の二つの楽章。スケルツォのトリオとか第三楽章の終
わりのほうとか。
0114名無しの笛の踊り2005/08/13(土) 18:42:13ID:T2dfhy9d
>>112

>マンフレート・グルリット 1890〜1972

>例外もありますがぐっと身近になります。この辺に境目があるんだなと思います。
>でもこの中で来日したのは・・・ん?さすがにわからん

喪前が知らずに最後に挙げたマンフレート・グルリットは来日したというか、
ナチスから逃げてきて日本で活動した。日本に洋楽を紹介し、指揮もしたが本来作曲家だ。
おそらく日本でのみ記憶されてる音楽家ではないかな。
0115名無しの笛の踊り2005/08/13(土) 18:55:47ID:JYS+RjPe
>>114
そんなことはない。ドイツで研究書も出ているし
オペラは録音されてるじゃないか。
0116名無しの笛の踊り2005/08/14(日) 06:47:04ID:9KWVJacc
研究の対象としてはね。アルブレヒトが読響でヴォツェックを演奏したし、
彼は本国でも再発掘の形で演奏した。
でも日本には知遇を得た人がまだ実在してるんだから、
そういう意味で「記憶されてる」といったんだ。
それと日本にきた指揮者というなら、
クラウス・プリングスハイムやヨーゼフ・ローゼンシュトックを
挙げなければならないだろう。
まあ、これはモントゥーやアンセルメが来日したのとは、
来方とか意味合いも異なるのだが。
0117名無しの笛の踊り2005/08/15(月) 12:39:12ID:pN9jaQl1
そうですね。スター、巨匠の来演より以前に、
日本に根を下ろした演奏、教育活動を行った人たちを忘れては
申し訳がありません。
0118名無しの笛の踊り2005/08/17(水) 18:45:43ID:zfBgCol1
ベト全だとエロイカはVPOだからなあ。ACOのエロイカを一聴されたい。
できれば葬送行進曲のリハーサル風景もだが、あれは復刻されてないんだっけ。
0119名無しの笛の踊り2005/08/18(木) 20:27:35ID:vI2PSlPS
>118
は私(113)にいっているの?
もちろん、AOCのエロイカ聞いてますよ。
第九ととても似ていると思った。
0120名無しの笛の踊り2005/08/18(木) 20:37:36ID:U/Y405yV
>>116
言い方が悪いな。
0121名無しの笛の踊り2005/08/19(金) 17:33:29ID:3G7ZZ6MB
でも、言われていることは当たっていると思います。
01221162005/08/22(月) 21:32:20ID:Fi11E263
言い方が良くなかったな。勘弁してな.
だが>>107が言うように、モントゥーなど
あの時代にあの歳で楽団連れて日本まで来たのは大変だったろうが、
日本に来た指揮者として、他にまず挙げるべき人がいただろうと言いたかった。
>>112も他人の揚げ足取ってるだけで、何も分かってないな。
まあいずれは皆忘れ去られるんだろうが。
0123名無しの笛の踊り2005/08/24(水) 09:06:02ID:7n+fJA7C
各「指揮者」のナンバー1を決めよう part2
http://music4.2ch.net/test/read.cgi/classical/1121927092/l50
の集計結果ってどうですかねえ。モノラル録音が殆どないし、
ごく限られた範囲から選ばれたように感じますが。

17 :大津 一 ◆yUZHdMsrJk :2005/07/24(日) 20:43:03 ID:PjDZePdc
第13回 モントゥー 集計結果 (2005.07.24) 投票総数 39

7 ラヴェル/マ・メール・ロワ LSO'64年盤
2 ダフニスとクロエ全曲/LSO 1959 DECCA
2 ブラームス 交響曲第1番/ACO (TAHRA)
2 ベートーヴェン 交響曲第三番/VPO (Decca)
1 SFSOの幻想
1 エルガー/エニグマ変奏曲 LSO DECCA
1 ストラヴィンスキー「春の祭典」/パリ音楽院管弦楽団
1 チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 BSO:1955
1 チャイコフスキー 交響曲第5番 ボストン響
1 チャイコフスキー交響曲第4番/ボストン
1 ドビュッシー 聖セバスチャンの殉教/LSO(Ph)
1 ドビュッシー「映像」/LSO
1 フランク:交響曲ニ短調/シカゴ響
1 ブラームス ピアノ協奏曲第1番/LSO(デッカ)
1 ブラームス交響曲第2番 VPO デッカ盤
1 ブラームス交響曲第2番/LSO
1 ベートーヴェン 交響曲第9番(特にリハーサル風景)
1 マスネ:歌劇『マノン』/オペラ・コミーク管(55年EMI)
1 リスト 交響詩「前奏曲」/ボストンSO
1 未完成;コンセルトヘボウ
1 牧神の午後への前奏曲/ロンドン響/1960年くらい
1 英雄の生涯(BSO1962年ライヴ)
0124名無しの笛の踊り2005/08/25(木) 16:44:27ID:dg7V1FRE
下記[c]がCD化の模様。

0386 R.C.A. / DECCA
Pr: James Walker Eng: Kenneth Wilkinson (m), Ken Cress (s)
[a] 3-6, [b] 7,11, [c] 12 & [abc] 13 Jun 1957 Kingsway Hall
[c] Philippe Entremont (piano); Pierre Monteux
[a] TCHAIKOVSKY The Sleeping Beauty Op.66 : excerpts
[b] RIMSKY-KORSAKOV Scheherazade Op.35
[c] TCHAIKOVSKY Piano Concerto No.1 in B flat minor Op.23
[c] Unpublished on LP: evidently side-lined by an R.C.A. recording
with Van Cliburn made soon after he won the Moscow competition
in Apr 58.
0125名無しの笛の踊り2005/08/25(木) 16:55:46ID:BOnBHYZc
>124
これか

初登場! モントゥー&アントルモンのチャイコ
http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=508250014
0126名無しの笛の踊り2005/08/25(木) 23:13:18ID:ymyRNhmK
おおう、チャイコはオグドンとのがあるし、
アントルモンとは聴きものだなあ。
カッチェンとのブラ1でもそうだったが、
若手との共演では、むしろモントゥーの棒の方に
若々しさを感じるところがある。
0127名無しの笛の踊り2005/08/27(土) 11:40:05ID:fgRtJ0lo
>>125 HMV情報でモノラルというのが不可解。
デッカ1957年6月の録音というと、
眠りの森の美女と同時期だから、
初期とはいえステレオ録音されてるハズなんだが。
0128名無しの笛の踊り2005/08/29(月) 14:40:46ID:Y7xvFsUV
ステレオ録音に失敗したからボツになってたのか?
0129名無しの笛の踊り2005/08/30(火) 12:46:06ID:Z4u9nOLO
最初にモノラルで出て、次にステレオで再発の悪寒。
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