そんな時、何が不公平感を拡大するか、それはメディアの力に他ならない。
あれほど露骨にメディアから成功を掴んだ人はクラシック界では稀。
しかもクラシック界が衰退している今、フジ子に向けられる羨望(悪い意味)は劇的に増徴している。
歴代のピアニストの録音以上に売れるだけの伝統は背負っていない=演奏に無責任だからだ。
フジ子の演奏がどれほど悪いか?それは本質的問題ではない。
ただ、「自分の演奏が一番いい」と思っている多くの奏者にとって、これだけ落胆的事実はないということだ。

音大生にもフジ子を支持するものがいるようだが、実際はメカがない低レベルの音大生だろう
(「音大生」は本当にピンキリ)
基本的なメカニック向上は当たり前のものとして日々研鑽している大量のピアノ弾きにとって
なんらの動機付けを与えない最悪の象徴だということだ。
なにしろメカニックを否定することによって生じるスタイルこそがフジ子のそれだからだ。

伝統?人の真似?ドイツの型?そういったものを貶めるのは勝手だ。
しかしそういったものをしっかりと受け継いでその中で個性を発揮しようと
する極めて健全な人たちが馬鹿を見るということだ。
メカニックもマナーもない今のフジ子だけが現状としてある、これが最も不幸な事実なのだ。